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地域おこし協力隊を経て起業!未来への向けての一歩を踏み出した「PotLuckField里美」代表・長島由佳さん

地域の人たちとのつながりを大切に、助け合いながら暮らしていく。

かつては当たり前でしたが、今は隣に住む人の顔もわからないという人も多いのではないでしょうか?
特に、都市部に住んでいると、地域との関わりを意識する機会があまりない方もいるでしょう。

ですが、里山の残る茨城県北には、今でも当たり前のようにご近所さんの顔が見える暮らしが続いている地域もあります。

今回は、人と人とのつながりを大切に、地域の未来のために新しい働き方を実践している長島由佳さんに、地域おこし協力隊として行ってきたこれまでの取り組みと、思い描いている地域の未来について聞きました。

プロフィール:長島 由佳(ながしま ゆか)
東京都出身。清泉女子大学地球市民学科卒業後、旅行会社に勤務。2011年に茨城県常陸太田市に移住。里美地区を拠点に地域おこし協力隊「Relier(ルリエ)」として活動を開始。2015年3月「合同会社ポットラックフィールド里美」を仲間と共に設立。「地域づくり」「教育」「情報発信」を軸とし、地域のニーズをベースに活動展開中。

地域おこし協力隊になるまで

小さい頃から、国際関係で平和に関する仕事がしたいと思っていた長島さんは、清泉女子大学の地球市民学科に入学し、国内外のさまざまな地域でのフィールドワークを経験しました。
大学卒業後は、東京都内の旅行会社に就職。仕事をしながら、平和教育やボランティア活動に取り組む日々を過ごしていました。

東京で暮らしていた時のわたしは、月から金までしっかり働いて、土日はプライベートで自分の好きなことをするという、「仕事」と「暮らし」が完全に分断された生活をしていました。

転機になったのは、仕事を始めて3年経った頃。清泉女子大学から卒業生に向けて「地域おこし協力隊」の説明会がありました。

このまま企業に勤め続けるだけではなく、夢に近づくために一歩動き出してみたい、まずは自分自身が地域という“現場“の中に入って課題を見つけ解決したい、と考えた長島さんは、茨城県内で初めての地域おこし協力隊のひとりとして、2011年の4月に茨城県常陸太田市に移住しました。

里美地区ってどんなところ?

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里美の秋の風景。黄金の稲穂が見渡す限り広がっています。(写真提供:長島さん)

活動のフィールドとなったのは、常陸太田市の中心街から北へ約30km離れた「里美地区」。
地区の中央を流れている里川の清らかな水によって、豊かな自然が育まれてきました。現在は3176人が暮らしています(2016年7月時点)。

里美に来るまでは、日本の田舎のイメージがなかったから、何もかもがないんだろうと思っていたけど、意外と人がいるし、家もあってよかったなって思いました。
ここって、思っていたよりも田舎ではないから、最初に来た時は、ほっとしたのを覚えています(笑)。

里美地区には南北に街道が通っていて、茨城県内はもちろん、隣接した福島県や首都圏からの人の行き来が昔からありました。
そのため、外から来た人に対して壁を作らずに受け入れてくれる人が多く、地域になじんでいくにつれて長島さんの活動も応援してもらえるようになったそうです。

外部者の目線だから気づけたことがある

常陸太田市の地域おこし協力隊として着任した長島さんたちは、フランス語で「つなぐ、むすぶ」という意味を持つ「Relier(ルリエ)」という名前のチームを結成。

3年間の任期の中で、里美に合った地域おこしとは何か? を考えながら、「地域の誇りを醸成する」ことを目標に活動を展開しました。

「どうしたら里美を次の世代に残していけるのか?」ということを考えています。
実現するには、一人一人が主体的にこの地域に住んでいたいと思えることが大事で、そこを目指して活動をしてきました。

地域の人たちと取り組んだ活動は、ひとことで言い表せないほど多岐にわたりますが、長島さんは、里美地区の各家庭で受け継がれてきた料理のおいしさに気づき、「食」を軸にした活動を始めました。

料理教室の開催やレシピ集の作成を通して、作り手のおかあさんたちも自分たちの食文化に価値を感じられるようになり、協力隊3年目には、数日間限定で農家レストランをオープン!

里美地区で伝わってきた家庭の味を「里美御膳」という形にして提供することで、地域の中からも外からも多くの人たちが集まり、交流の輪が広がっていきました。

里美の家庭の味がつまった「里美御膳」。作物を育てる手間から惜しみなくかけている。期間限定のレストランでは、作り手のおかあさんたちとの会話も楽しみのひとつ。(写真提供:長島さん)

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レストランの会場としても使われている、古民家の宿「荒蒔邸」。毎月第2日曜日には、コミュニティカフェ「One-day café 里美の休日」がオープンしている。

協力隊の時にできなかったことを形にするために

3年間の協力隊の任期を終えた時、「ここに住み続けていきたい!」と思った長島さんは、ひとりの住民として、引き続き里美地区で暮らしていくことを決意。

田舎体験などの教育旅行のコーディネーターや、他の自治体にいる協力隊のアドバイザーなどの仕事をしながら、里美での活動を続けていました。

その後、2015年3月13日(313=里美の日!)、長島さんは、これまで活動を一緒にしてきた仲間と共に「合同会社PotLuckField里美(ポットラックフィールドさとみ)」という会社を設立しました。

社名のポットラックは「持ち寄る」、フィールドは「場・分野」という意味で、みんなの得意を持ち寄って発揮できる会社にしたいという思いが込められています。

酒蔵をリノベーションして地域の拠点づくり

ちょうど会社の設立と同じ頃、約300年の歴史を持つ酒蔵「金波寒月(きんぱかんげつ)」を改修するプロジェクトを地域の人たちと共に始めました。

昔はここの前の通りが福島に続く道だったから、火消し行列などのお祭りの行列がなされてにぎわっていたみたいなんです。
学校へ行くときや上京するとき、みんなが金波寒月の前からバスに乗って行っていたと聞いています。

でも、旧道になってしまった影響なのか、今では空き家が目立つ地域になってしまいました。
50年前から「コミュニティー・ステーション」だった場所を、もう一度よみがえらせようと思って、一緒にプロジェクトを始めました。

惜しまれながらも50年前から使われなくなった酒蔵の中には、稼働していたころに使われていたであろう古い道具類や生活用品などが山積みに。

どこから手を付ければいいのか……といった状態でしたが、「ここをなんとか活用したい!」という思いに地域内外の多くの人が共感し、改修・修繕のワークショップを通してだんだんと場が形作られていきました。

そして、2015年12月13日、8か月の改修期間を経て、眠っていた酒蔵が地域の人たちの交流の場「酒蔵金波寒月コミュニティー・ステーション」として生まれ変わりました。

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入口の表札は、里美出身の書道家・吉澤石琥さんに書いていただいたもの。

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酒蔵の道具類がそのまま残っている。以前酒蔵で働いた経験のあるメンバーが道具の展示をわかりやすく製作した。

ここにいると想像力が膨らんで、なんでもできそうな感じがするから、わたしたちが使い方を決めないで、関わる人たちみんなで作っていきたいです。

人と人の交流の場ができることによって、またにぎわいを取り戻していけたらいいな、と思っています。

オープニング記念のイベントでは、高校生による吹奏楽演奏、大学生による落語、東京から来ていたボランティアの方によるK-POPのダンスなどのパフォーマンスが披露されました。年末には、お笑い芸人によるライブも開催されたそう!

使い方をあえて決めずに、いいと思ったものをなんでも受け入れていく前向きな姿勢は、まさに里美の人たちの人柄がそのまま表れているようにも感じられます。

これからも、老若男女関係なくたくさんの人に訪れてもらえるような仕掛けを、引き続き地域の人たちと考えて実行していく予定とのこと。

里美にいる人たちだけのものではなく、地域の外側にいる人たちにも開かれた場になりそうです。

地域とのつながりを持ちながら、わたしらしく生きていく

里美で暮らし、地域での活動を続けて来た長島さんは、自分の中に新しい価値観が生まれて来たと言います。

ここで暮らしている中で、「暮らし」と「仕事」と、カタカナの「シゴト」という概念が生まれて来ました。

お金にならないけれど、地域を維持していくために必要なことを「シゴト」と呼んでいます。
例えば、ごみ捨てをしたら、地域のおばさんと会ってしゃべるとか、地域で伝えられているお祭りを一緒にやることとか。地域社会と自分が関わる時間が増えるんです。

暮らしと、仕事と、シゴト。プライベートと仕事時間に線を引いてきっちり分けるのではなく、全てをひっくるめて「等身大のわたし」として生きていくスタイルを追求していきたいと、長島さんは語っていました。

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2016年、里美で6度目の春を迎えた長島さん。

元々は縁もゆかりもなかった土地で、協力隊から地域の住民になった長島さん。移住してきた自分はどのような存在でありたいか、一緒に会社を立ち上げた岡崎さんの言葉を借りて、このように表現しています。

5年住んでも10年住んでも、たぶん「土の人」にはなれないし、2年目くらいからは、地域に愛情を持っていたので、もう「風の人」でもないと思いました。

だけど、東京とか横浜という土地から流れてきて、里美という土地に出会って、ここで根付いていきたいと思っているので、里美にじわじわと染み込んでいく「水の人」みたいな暮らし方はできるんじゃないかなと思っています。

ご縁があって里美地区と出会い、時間をかけてゆっくりと地域に溶け込んでいっている長島さん。地域のつながりを生かした新しい働き方への挑戦は、まだまだ続いていきます。

これからは、ちゃんと稼ぐことを目標にしたいです。会社として、地域の雇用を生んでいきたいです。
協力隊だった時に実現できなかったことを、会社になった今だからこそできる形にしていきたいと思っています。

自分の思いを仲間と共有し、形にして伝えていくことで、価値あるものを残し、里美を未来につなげていきたいと、晴れやかな笑顔で話していました。

地域とどのように関わっていくかは、生きていく中で誰しも直面する課題だと思います。都会にも田舎にも、どちらにも良さがあり、合うかどうかは人それぞれ。経験を積むことで、自分の居心地のいい場所が変わってくることもあるはずです。

これからの自分は何を大切にしていきたいか? 改めて、暮らしている地域との関わり方を見つめなおすことで、気づけることがあるかもしれません。

(Text: 吉成美里 / Photo: 山野井咲里)