茨城県北クリエイティブプロジェクト

陶芸家・沼田智也さん|そこにある土と対話しながら器をつくる(後編)“誰が使っても間違いない、扱いやすい土はあります。でも、だめな土ならだめな土なりの表情がある。それと付き合うかどうかなんですね。”

日本画からメディアアートへ、そしてプロモーションディレクターから陶芸家へ。
前編では高萩の陶芸家・沼田智也さんが辿った紆余曲折の道のりについてお届けしました。
>> 「陶芸家・沼田智也さん|そこにある土と対話しながら器をつくる(前編)」
後編は、茨城県北で陶芸をなりわいとすることについて、そして地元・高萩の魅力について。
今回もご本人の言葉でお届けします。

「土には土のメッセージがある」

そもそも地元で陶器に使える土があるのかって聞かれます。もちろんあるのですが、大量に採れるわけではありません。

埋蔵量でいうと全国的に有名なのは瀬戸(愛知県)とか有田(佐賀県)です。このあたりだと益子(栃木県)とか県内では笠間。一概には言えませんが、石炭が出てくる地層はわりかし粘土が採れる。高萩は炭鉱で成長した町だから粘土が採れるんです。

とはいえ量が少ないのでなかなか難しい反面、場所によって個性があるのが醍醐味です。ただ、それでは仕事になりきらない部分がある。そこの難しさはどうしてもありますね。

その土地の土をよく調べてみれば、極論、どこでも採れるには採れるんですよ。でもどんな器をつくりたいかによって、使える土は決まってしまう。例えば土の粒子の問題もあるし、土によっては焼くときの適正な温度も変えないといけません。

誰が使っても間違いない、扱いやすい土はあります。それは「優れた土」といえるわけですけど、だめな土ならだめな土なりの表情がある。それと付き合うかどうかなんですね。

イメージした通りのかたちをつくるのが陶芸だという考えもあります。でも、先に“相手”としての土があって、それとどう付き合うか、そこにぼくの興味がある。

キャンバスに向かって絵を描くときには、相手がいないんですね。自分しかいないから孤独なんです。だからしんどいんですよ。描けねぇって思って苦しくなっちゃう。でも、陶芸ってのは、土が「おれさ!」って言ってる。こっちは「じゃあさ!」って(笑)。土には土のメッセージがある。ぼくは土と対話しながらつくっているんです。

いろんなものがあっていいんです。間違いない土を使ってコンスタントにつくっていく、それと同時に、地元の土を使って他にはない個性のあるものを展示会に出す。そのバランスでやっていけば、それは意味のある仕事だと思っています。

ここでつくったものは売っていかなければなりません。でも、売ることに関しては場所ありきで考えていないんです。適正に評価されるところにつくったものを運んでいくしかない。結果、すごくありがたいことに東京や大阪、京都のギャラリーで展示や販売をしています。評価してもらえる場所がそういう場所だったんですね。

茨城、とくに県北で評価されるのは難しいんですね。ぼくはいさぎよく諦めて、外でしっかり実績を出して評価されて、逆輸入されることでいつかここでも評価されるときが来るといいなぁとは思っています。そのときまではよそで評価を得て、仕事を続けていくしかないのかなと。

 

芸術祭(2016年に開催された「茨城県北芸術祭」)では、花道家の上野雄次さん(※1)が市内にある「穂積家住宅」(※2)でインスタレーション作品を展示していました。花を小学生に教えるワークショップがあったので、上野さんは高萩にしばらく滞在する予定でした。展示を手伝わせてもらったとき、「非公式に何かやりましょうよ」って上野さんに話を持ちかけたんです。ぼくは花器をもっていくから日替わりで花を活けてもらえませんかって。場所はニチハンメラを一緒にやってる谷津くんのお店「ら麺 はちに」で(「ラーメン以上のものを提供するラーメン屋。高萩の“コミュニティセンター”「ら麺はちに」。」を参照)。上野さんは快く話にノッてくれたので、ゲリラ的に三日間ぐらいやりました。

この街でアートにお金を使ってもらうとしたらどんな感じなんだろう、自前でどこまでできるだろうって、ぼくらはずっと探っているんですよ。

「よそから来たお客さんを山に連れていって一緒に山菜をとる。海では銛で魚を突く。すると、みんな高萩ファンになって帰っていくんです」

やっぱり地元が大好きなんです。よそも住んだけど、ここはめっちゃ住みやすい。気候もいいし、物価も安い。海まで10分、山まで5分以内ですよ。ちょっと歩けばすぐそこに田んぼも畑もある。豊かですよね。

例えば、鎌倉に住むのは、ある意味間違いない。でも、どこ行くのも人がいっぱいで大変ですね。海水浴場は整備されているけど、こんなに人がいてどうやって泳げばいいの?って(笑)。

ここで活動していると全国からお客さんがいらっしゃいます。せっかく来てくれたんだからと思って、いろんな場所にお連れするんですよ。例えば山に連れていって一緒に山菜をとる。海では銛で魚を突く。すると、みんな高萩ファンになって帰っていくんです。

ここは満ち溢れるほどに自然は豊かだけど、鎌倉みたいにわかりやすくパッケージ化することは難しいわけです。でも、ここはパッケージ化されていないことが逆にラッキーなんですよ。どこにいったって貸切状態で遊べる。そういうことはだんだん希少価値になってきているし、楽しむ感性を持っている人が来てくれればちゃんと楽しめる場所なんです。

(了)

※1- 上野雄次:  1967年京都府生まれ。東京都在住。花道家、アーティスト。2005年より「はないけ」のライブ・パフォーマンスを開始。観客の前で生け花を競うライブパフォーマンス、「闘う花会」を主宰。芸術祭では、「いける」ことの本質を固持しながらも、3Dプリンタなどの最新技術を取り入れた新しい表現を試みる。(県北芸術祭ウェブサイトより抜粋)

※2 – 穂積家住宅:  江戸時代中期の豪農の住宅。1773年(安永2年)創建。(詳細は高萩市観光協会ウェブサイト

沼田智也(陶芸家) 詳細
HP / 沼田智也 陶藝 日々の泡
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お知らせ

「沼田智也 陶展」が静岡県三島市で開催されます。


 

(執筆後記)
実は沼田智也さんの取材のために高萩の工房を訪れたのは今から半年も前のこと。取材後、レンタカーで水戸に戻る道すがら、すごい話を聞いてしまった!と興奮してしまっていたんです。でも、それっきりなかなか筆が進まなかった。あの話をどう書けばいいのか―――。沼田さんの工房で売ってもらった猪口に日本酒を注ぐたび、思い出しては悩んでいました。

先日3/10(土)に県北ライター講座を日立で開催した際、ある受講者の方から「沼田さんが中岡さんによろしくって言ってましたよ」との知らせを受け、なぜか踏ん切りがついて書くことができました。少しも理由になっていませんが、沼田さん、遅くなってすみませんでした!

中岡祐介

株式会社三輪舎 代表取締役、編集者。1982年、茨城県ひたちなか市生まれ。県北との縁は、ほとんどの同級生が通う水戸を避けたかったために日立の高校に進学したことからはじまる。2014年、「暮らしのオルタナティブを発信する」をミッションに、出版社である株式会社三輪舎を設立。現在は横浜に拠点を置きつつ定期的に茨城に通っている。
三輪舎 3rinsha.co.jp

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