茨城県北クリエイティブプロジェクト

食べる民藝|凍みこんにゃくをめぐる冒険 #01

突然ですが、みなさんは「凍みこんにゃく」という食材をご存知でしょうか。

凍みこんにゃくは、シミコンニャクと読みます。正直読み方も分からないほどマイナーな食材です。「薄くて、白くて、筋のような模様がついていて、全国でひとりだけの職人直伝という謎の説明があって、意外と値段が高い…。」

凍みこんにゃくを全く知らなかった私が、凍みこんにゃくを手にした時の第一印象はそのようなものでした。

市販されている凍みこんにゃく

一緒に陳列されている他のお土産は、目を引くようなパッケージに包まれてその存在を存分に発揮しています。それに比べ、透明の袋に商品と簡単な説明書きが入っているだけのシンプルなパッケージの凍みこんにゃくは、その存在に気づかれないくらい奥ゆかしい。でも、手にとってみると表面に刻まれた模様に吸い込まれ、これはいったい何なんだ?という想像力を駆り立てられます。美味しそうを通り越して、素朴な美しさを放つこの食材はいったい…。

そんなふとした出会いから、凍みこんにゃくとのお付き合いは始まりました。ちょうど一年前、2017年11月のことです。

デザインとはなにか

私は東京都内のデザイン会社で働き、雑誌や紙媒体のレイアウトを考えるエディトリアルデザイナーとしてものづくりに携わってきました。デザインの仕事は「外側を飾る」と思われがちですが、本質はそうではありません。時には機能を向上させて、時には問題を解決して、時には人の気持ちをワクワクさせる。伝えるべきこと、変えるべきことの根本を見極め、それに見合った形づくりをすることで、誰かの日常を今より少し良くする手伝いができるのが「デザイン」の仕事だと思っています。私は、そこにやりがいと面白さを感じていました。

一方で、自分のやっている仕事が何につながっているのかというモヤモヤも少なからず感じていました。それは、手に届いた人の実際の反応に触れる機会が少なかったことが理由かもしれません。そのためデザインという明確な目的を持って仕事をしているように見えても、自分が本当にやりたいことはなにかと模索し続けていました。またその頃から地域での仕事に漠然と憧れを抱いていたものの、「誰のために」「何のために」「地域ってどこ?」と聞かれると強い理由を答えることができず二の足を踏んでいました。

いまの仕事が何につながっているのか

その後、結婚して2人の子どもの出産を経て環境はがらりと変化。仕事に費やす時間は半分になり、家事、育児、仕事に追われる日々。もともと自分の中でくすぶっていた、この仕事が何につながっているのかという思いと共に、子どもたちが大きくなった時の社会や環境にいい影響を与えているのだろうかと悩むことが多くなりました。

そんな時ふと、インターネットで目に入ったのが『働き方を考えるツアー』という企画の募集ページ。それは日本仕事百貨という求人サイトで昨秋募集されていた1泊2日のツアーで、行き先は奥茨城と書いてあります。仕事に行き詰まりを感じていた私は何か新しいきっかけが欲しかったこともあり、夫や友人に背中を押してもらいつつ、思いきってツアーへの参加を決めました。

それまで縁もゆかりもなく、このツアーで初めて訪れた茨城県。しかも奥茨城。ツアーで訪れたのは常陸太田市と大子町で、あとで知ったことですが奥茨城というのは茨城県北地域を指していました。何をするかほとんど理解しないまま飛び込んだツアーでしたが、その主旨は県北地域に人を呼ぶための施策をワークショップ形式で提案するという、地域活性に紐付いたものでした。もともと地域での仕事に憧れを持っていたこともあり、プログラム自体が自分にとって有意義なものとなりましたが、それ以上に初めて訪れる土地はただただ新鮮で、美味しい食べ物に感動し、なだらかに広がる自然に感動し、自分の住んでいる場所に愛着を持つ地元の人に感動しました。

「ここのリンゴはね、本当に美味しいんですよ。蜜がたっぷりで、見たことないと思いますよ」
「何頼みます?私?やっぱりこのにんじんジュースにしちゃうんだよな。このジュースは常陸太田で作られていてね…」
「県北はいい素材いっぱいあるのに我々がそれに満足してしまって積極的に外に出たがらないのがいけない!」
行くところ行くところで出会う人がみんな、地元への愛があるからこその話をたくさんしてくださいます。そんなみなさんの姿を見て、私もこの土地への愛着が増していきます。そんなときに出会ったのが凍みこんにゃくでした。

食べる民藝

凍みこんにゃくは、生芋から作ったこんにゃくを薄くスライスし稲わらを敷いた田んぼに並べ、その上から水をかけて凍結と解凍を繰り返して水分を抜き、その後乾燥させて作られる伝統食材です。生産時期は厳冬期で、昼間は気温が上がって夜は冷え込む茨城県北の気候が凍みこんにゃく作りに適した環境になっています。もともと丹波の国(現在の京都府と兵庫県の一部)で作られていたものが江戸時代に県北地域に伝わったとされていますが、今は常陸太田市と大子町でしか作られておらず、一時期は生産者が全国で一人だけになってしまったそうです。しかしそれを絶やしてはいけないと受け継ぐ人がいたおかげで、今では三軒の生産者のあいだで作られるようになりました。

凍みこんにゃく自体に味はないですが、スポンジのようにダシを吸い込むため料理の味とともに食感を楽しめる食材になっていて、噛みごたえがありコリコリした食感は料理にしっかりと輪郭を残します。煮物や鍋に入れるのが一般的ですが、天ぷらやフライにすると肉のような食感になり、ヘルシー食材として現代にもぴったりです。

凍みこんにゃくには乾燥させたときの藁の模様が刻まれている

今でこそ凍みこんにゃくについてこのように話すことができますが、凍みこんにゃくについての背景を初めて知った時は衝撃的でした。何よりも驚いたのはその作り方。凍みこんにゃくは一枚ずつ手で並べてひっくり返すという途方もない労力がかけられていて、しかも今も昔と変わらずその手法で作られているのです。なんでも機械化できるこの時代に、そんな手間ひまかけたことをしているなんて。凍みこんにゃくに刻まれた筋は藁の模様で、素朴な佇まいに際立つ白さと模様は自然が刻んだと同時に誰かが手塩にかけて生産している証であり、自然と人の技が凝縮されたこの存在自体がまさに「美」そのもの。凍みこんにゃくはまるで食べる民藝のようだと感動しました。

ひじきと凍みこんにゃくの煮付け

凍みこんにゃくの天ぷら

そして食材としての魅力も光ります。味がなく個性的な食感は、裏を返せばいろんなジャンルに広がる可能性があるということ。さらに余談ではありますが、それまでこんにゃくの食感が苦手だった息子がコリコリした食感の凍みこんにゃくは美味しいと言い、それに講じて普通のこんにゃくを食べられるようになるという、偏食気味な息子の身に起きたミラクル。それからしばらくは、常に凍みこんにゃくが我が家の食卓にのぼるという、凍みこんにゃくフィーバーが起こりました。

こうして、美しく、美味しい凍みこんにゃくに心を射抜かれた私。この後どっぷりと凍みこんにゃくワールドにハマっていくことになるのです。

フリーランスデザイナー。1985年生まれ、愛知県岡崎市出身。武蔵野美術大学を卒業後、デザイン会社勤務を経て独立。「茨城県北ビジネスプランコンペティション2017」で「”Shimikon” Branding Project~『凍みこんにゃく』のストーリーを伝える、新しいブランディング~」を提案し、奨励賞を受賞。現在は横浜を拠点に、地域の課題解決に関わるデザインに取り組んでいる。

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