茨城県北クリエイティブプロジェクト

#04 科学の展覧会をつくる!|連載「海と山の間を歩く」|写真家・松本美枝子

写真家・松本美枝子さんによる連載「海と山の間を歩く」

西に多賀山地を控え、東には太平洋が広がる、日立市。日本3大銅山であった日立鉱山が開かれ、その地質の恵みを礎に、世界最先端の鉱工業で発展を遂げてきた。鉱山が閉じて約40年。海と山に囲まれた豊かな自然の中で、この街の歴史と暮らし、そして今を生きる人々を知りたい。それを探す小さな旅のエッセイ。

 

芸術祭の余韻

アートが好きな方は、2016年のことを覚えているだろうか。茨城県北地域にて、初めて大規模な芸術祭が行われた2年前のことである。その「茨城県北芸術祭2016」では、国内外の80組あまりのアーティストが参加し、茨城の自然や科学を大きなテーマとした、サイトスペシフィック(特定な場所に置くために制作された作品のこと)な展示が繰り広げられた。かくいう私もアーティストとして招聘され、常陸多賀駅前エリアで、日立市の地質と近代の歴史をテーマにした映像作品を制作し展示したのだった。

これまで各地の芸術祭などに何度か参加したことはあった。しかし自分の地元でこのような大規模な現代美術の芸術祭が開かれるというのは初めてのことだったし、以前では考えられないことであった。その初めての芸術祭に参加できるのはちょっと嬉しいなあ、と感じたのを覚えている。

実際に作品を制作するのはもちろんのことだが、芸術祭が始まってからも、ギャラリーや美術館など慣れた場所ではなく、まちなかに2ヶ月間もの長きにわたって作品を展示するというのは、大変なことも時々あった。しかし自分の作品が、ふだん美術館で作品を触れる機会が少ない人たちの目に触れるということは、なかなかないことでもある。地元開催であるため、作品を見た人の反応が直接聞けることもとても良い経験となった。お客さんたちも、まちなかで繰り広げられた現代美術の展示を楽しんでいた人が多かったように思う。

芸術祭で盛り上がったのはアーティストと鑑賞者だけではない。県北地域の各市町は、次回芸術祭に向けてこの機運を高めていこうという、独自のアートイベント活動を行うようになった。それが2017年以降各地で開催されている「茨城県北芸術祭フォローアップ事業」である。私も昨年日立市のフォローアップ事業としておこなわれた「アートビーチくじはま」というアートイベントに、ちょっとだけ作品提供をさせてもらったりもした。

展覧会をディレクションする

さて、2018年6月のある日。日立市の地域創生推進課から連絡があった。今年のフォローアップ事業で相談したいことがあるとのこと。私はまた「アートビーチくじはま」での写真提供かな……と思っていたのであった。

しかし打ち合わせに来てくれた日立市役所の職員の話を聞くと、自分の想像とだいぶ違っていた。なんと日立シビックセンター・科学館で行う「サイエンスアート」事業の展覧会で、アートディレクターをしてほしい、というのだ。

2017年から行われている「アートビーチくじはま」と並ぶ、日立市のフォローアップ事業のひとつである「サイエンスアート」事業。この展覧会の作品の骨子は、茨城大学工学部の梅津信幸さん、住谷秀保さん、矢内浩文さんという3名の教員たちによる研究だ。これらをもとにして体験型作品をつくり、昨年の秋から冬にかけて日立シビックセンターの科学館で展示を行ったのである。

茨城大学工学部・矢内浩文准教授

茨城大学工学部・梅津信幸准教授

今年も同じように11月から「サイエンスアート」として展示を行うのだが、この3人の他に、私と同じ県北芸術祭に参加したアーティスト、筑波大学の助教、村上史明さんも出品者として参加するという。そして私にはアートディレクターとして参加し、展示全体にアーティストの視点を加え、美術的なまとまりを出してほしい、という依頼だったのだ。

小さなスペースで、美術の展覧会をキュレーションしたことは何度かあるけれども、公共の博物館での大規模な展覧会のアートディレクションは、かつてやった経験がない。ましてやテーマは自分の専門である写真とは関係ない「科学技術」……。私にとっては完全に未知の領域である。果たして自分にできるのだろうか、という不安はもちろんあった。

しかし県北芸術祭に参加したことがきっかけで、こうして声をかけてもらったのであるから、やってみよう! と思い直したのであった。何より、違う分野の人たちの研究の成果を展示物としてまとめ、アウトプットする作業は、これからの自分の制作のための大きな勉強になるだろう。こうして私の初めての「アートディレクター業」がスタートしたわけなのだ。

そして7月から展覧会作りが始まった。展示の準備期間が正味4ヶ月というのは、短いとも言える。全力でやらねば間に合わない、と私は思った。

科学技術の分野は門外漢の私がディレクターとしてこの仕事をするにあたって、一番に心がけたのは、研究者たちの研究をきちんと学ぶこと、そしてそれをできるだけ丁寧にアウトプットしよう、ということだった。

まずは日立市にある茨城大学工学部へ何度も足を運び、体験型作品への実現に向けて研究者たちと話し合いの場をもった。また会場となるシビックセンターにも、どんな作品を設置できるかどうかの検証に、参加者の人たちや、時には設営の施工を依頼している専門の技術者たちを伴って、何度も出かけて確認しあった。

また村上さんもメディアアーティストとして、茨城大学の教員たちの作品作りにさまざまな切り口でコラボレーションしてくれたのであった。

それぞれの研究

今回の展覧会では、それぞれの研究をもとに科学と技術を使った体験型の作品を、科学館のなかと、1階のアトリウムにも展示することになった。

科学館のような博物館のスペースは、普段自分が行うような美術向けのスペースとは少々勝手が違う。例えば現代美術の展示スペースは、毎回変わる展示内容にフレキシブルに対応している場所が多いため、いろんな新しい展示方法をチャレンジしやすい。しかし博物館のようなところは、普段は常設展示を見せる学びの場である。よって、「この方法なら見栄えがするな」と思った展示方法が、建物の構造上できないこともある。

一方でシビックセンターは、大きな構造をもった建物である。天井が高く、そして科学館の中にはとても面白い常設展示が溢れている。この特徴を生かして、それぞれの展示内容を決めていくことにした。

まずシビックセンターの吹き抜けの広々とした空間である1Fアトリウムに、科学館では展示できないような大きな作品を二つ展示することにした。

巨大なオブジェクトをある一点でスマホをかざすと別の作品に接続できる(写真は試作品)

茨城大学工学部准教授で工学博士の矢内さんは、人の知能、感性、錯覚に関する情報科学的な分析と応用に取り組んでいる。今回はその研究をもとに、異なる奥行きに配置された、空間にちりばめられた球体で構成した巨大なオブジェクト作ることにした。しかし、これは単なるオブジェクトではない。実はある視点に立つと、人間の視覚はこれを「平面上のQRコード」として認識することができる。視覚について研究してきた矢内さんならではのアイディアだ。このポイントを探して、スマホなどをかざしQRコードリーダで読み取れば、インターネット空間に存在する、もう一つの作品を接続できる。そんな仕掛けを作ることにしたのだ。

筑波大学芸術学系助教で、テクノロジーと芸術の関係性をテーマに作品制作を行っている村上さんには、自身の研究室の学生とともに、日立の未来の街を考えるワークショップと展示を行ってもらうことにした。アトリウムには11/17から学生たちが研究員に扮して「未来都市研究所」が出現する。ここでだれもが自由に、日立の未来の考えながら、未来の風景をつくるワークショップを行う予定である。

一方科学館の中では、コンピュータ科学の研究者で、メディアデータ(画像・音声)を効率的に扱うアルゴリズムについて研究している理学博士の梅津信幸さん(茨城大学工学部准教授)の作品を展示する。

地図に触れるとその場所の時間変化が見える体験型のプロジェクションのほか、新たに平面作品を二つ作ってもらうことにした。これらの平面作品は近くで見ると、まとまったある文章であることがわかるが、離れたところから眺めるとそれぞれ「相対性理論」を書いた世界的に有名な科学者と、「吾輩は猫である」を書いた日本を代表する小説家の顔に見えてくる。画像を効率的に扱うアルゴリズムというコンピュータの算法によって、文字を「写真」として構成した、新しい肖像画なのだ。

近づいてみると『吾輩は猫である』の文章、遠目で見ると…

初め梅津さんは、夏目漱石の小説など、日本語の文章でこのグラフィック作品をつくっていた。ところで科学館の常設展の中には、アインシュタインの生涯をテーマにしたアニメを放映するブースがある。私はこの展示室が好きで、梅津さんにお願いして「相対性理論」を使ってアインシュタインの肖像画を作ってもらった。鑑賞者の皆さんにはこの肖像画を見るとともに、近寄って、ぜひ英文の「相対性理論」も読むことにもトライしてみてほしい。

余談ではあるが夏目漱石の弟子の一人に、戦前の日本を代表する物理学者で、文筆家でもあった寺田寅彦がいる。寺田寅彦は、戦前日本に来たアインシュタインの講演を実際に聞いている。この二組の作品は、アインシュタインと夏目漱石の隠れた細いつながりを示す作品でもあるのだ。

科学館ではさらに、茨城大学工学部助教で自動計測制御や人間工学などを研究している住谷秀保さんにも、幾つかの体験型の作品を作ってもらう。その中でも私がぜひやってもらいたくて一緒に考えた作品が「Overtures to Evolution(進化への序章)」というサウンドインスタレーション作品だ。

科学館には「無響回廊」と言う展示室がある。音が響かない構造の空間であるこの展示室は、常に真っ暗だ。その中を自分の感覚だけを頼りに手探りで進む、迷路のような展示室なのだ。無邪気な子供にはいつも大人気の展示室なのだが、子供心をすっかりわすれている大人の私には、以前から「ちょっとこわい空間だよなあ」と思っていた。音や光が遮られた空間は、時に人間に不安をもたらすからだ。

ここに住谷さんの研究分野である、人間が「リラックスし、かつ覚醒した状態」を促すように計算された音と、それに反応する光を流す、というインスタレーションを二人で話し合って作ることにしたのだ。この音は自然音をもとに、「ゆらぎ」と呼ばれる変化をとり入れて作られた人工の音である。

子供はもちろん、大人がこの空間でどんなことを感じるか、ちょっと楽しみである。

科学と芸術を考える

さて、いよいよ11月17日(土)からサイエンスアートの設営が始まる。この原稿がアップされる頃には、このチームの4ヶ月の努力が、形となって、この世の中に出現していることだと思う。

もう一つこの展覧会では、会期中、アーティストや研究者、文学者による、科学と芸術について一緒に考えながら楽しむワークショップも行う。出品作家の村上史明さんや矢内浩文さんによる、展示作品の理解を深めるためのワークショップが開催される。

それだけではない。アーティストの私が、科学技術をテーマにした展示をディレクションするからには、体験型のメディアアート作品を展示するだけではなく、科学と芸術の関係性を深めるワークショップも企画したい、展示作品の理解を深めるためにも、なにか面白いことができないかな? と思案していた。そこで文学者の西野由希子さんによるSF小説による読書会も行うことにしたのだ。それが「ブックカフェ『2001年宇宙の旅』を読む」というワークショップである。

西野さんによると、SF小説の中に描かれた未来の科学が、現実の科学の進歩を後押ししてきた部分も大いにあるのだという。そんな科学と芸術の関係性を、かの有名な作品「2001年宇宙の旅」を通して、参加者一緒に考えよう、という企画なのだ。

自分でも未知の領域に踏み入れた、この4ヶ月の仕事の成果がいよいよ11月17日(土)から始まります。盛りだくさんすぎて、自分でもワクワクしています。みなさんぜひ日立市にきて、ご覧ください。


開催概要

  • 日時  2018年11月17日(土)~2019年1月6日(日)10:00~22:00
  • 休館日 2018年11月26日(月)、2018年12月28日(金)~2019年1月4日(金) ※科学館・天球劇場のみ11月27日(火)も休館
  • 会場  日立シビックセンター科学館および1階アトリウム(日立市幸町1-21-1)
  • 料金  無料 (科学館のみ別途入館料が必要 大人:520円 小中学生:320円 幼児無料)
  • 主催  茨城県北芸術祭フォローアップ事業実行委員会、公益財団法人日立市民科学文化財団

アクセス

日立シビックセンター科学館および1階アトリウム(茨城県日立市幸町1-21-1)[アクセス詳細]

*JR常磐線「日立駅」中央口下車 徒歩3分
*常磐自動車道「日立中央IC」から車8分

お問い合わせ

日立シビックセンター 科学館
TEL:0294-24-7731
※日立シビックセンター休館日を除く10:00~18:00

写真家。1974年生まれ。水戸市在住。人々の日常、人間や自然の「移動」をテーマに、写真とテキスト、映像による作品を発表している。
主な個展に「The Second Stage at GG」#46 松本美枝子写真展「ここがどこだか、知っている。」(ガーディアン・ガーデン、2017)の他、「茨城県北芸術祭」(2016)、中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス2014」など各地のアートプロジェクトにも参加。写真集に『生きる』(共著:谷川俊太郎、ナナロク社)など。

撮影:豊島望

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