茨城県北クリエイティブプロジェクト

理想と現実の狭間で(前編)|凍みこんにゃくをめぐる冒険 #03

前回の記事で書いたとおり、ビジネスプランコンペティションで奨励賞を得たことで、いざ商品づくりへ!と意気込みは満々でした。が、現実はそう甘くはありませんでした。というのも、この時点で地域で仕事をすることの現実的な問題が次々と表面化していたからです。

今回は私がぶち当たった困難とその対処方法について、ご報告したいと思います。

交通費の負担、子どもへの負担

ビジネスコンペは二次選考と最終選考が水戸で、そのあとの研修は日立市で行われました。そして生産業者さんへの取材では大子町と常陸太田市に足を運びます。私は横浜在住のため、茨城へ行くたびに交通費が必要になります。移動手段は主に電車で、特急を使うとさらにお金がかかります。最初はなるべく気にしないようにしていたものの、やはり気にしないというのも無理な話。交通費を抑えるためにバスも利用しますが、発着時間の都合で電車を使う機会が多くなるのが現状です。また慣れない移動のためか体力も奪われる一方でした。

さらに、子どもたちの心労もたまっていきます。とくに5歳の長男については、最初こそ「おみやげ買ってきてね!」と気丈な反応を見せていましたが、週末に家をあける回数が増えるにつれて「またいないの?」と口に出すようになりました。そうこうするうちにだんだんと甘えが強くなり、体調を崩しやすくなりました。体調を崩すとつらいはずなのに、そんな時に限って「今日はおかあさんと一緒にいられるね」と嬉しそうなのです。これでは良くないと思う気持ちと、やり始めたことを放り投げたくはないという気持ちとの狭間で、子どもの顔を見るたびに「ごめんね」と思う日々が続きました。

 

生産現場のリアル

そして何より頭を悩ませたのが、凍みこんにゃくを生産する現場の状況です。コンペのあと、3軒の業者さん(中嶋商店さん、大子グルメフーズさん、袋田食品さん)へ取材をさせていただきました。取材をした時期には凍みこんにゃくの製造は終わっていましたが、リアルな現場を見せていただいたことで新たな着想を得る機会になりました。ただ、すべてがポジティブなことであったかといえばそうではありません。この取材は、3軒の業者さんがそれぞれ抱えている課題に直面する機会でもありました。

課題はそれぞれの業者さんによって違います。例えば、凍みこんにゃくの需要は実はじわじわ増えているものの手間のかかる作業であるため、作りたくても作れない事情があること。凍みこんにゃくの生産は厳しい作業であるため、自分の代で終わってもいいと思っていること。凍みこんにゃくを広めるためにすでにいろんな施策を試しているものの、成果はあまり出ていないこと。伝統的な産業は分業化していることが多く、やっていきたいと思っても他がダメになったら続けていくことができないこと。そのようなことを伺いました。

「中嶋商店」の中嶋利さん(中央)、良一さん(左)と一緒に。

現場でものづくりをされている方の言葉には重みがあり、理想だけではやっていけない現実をまざまざと目の当たりにしました。とはいえ、ビジネスの観点から考えると『現状維持』では意味がありません。生産量を増やすことが見込めなければ、違うかたちで収益を得られるしくみを考えなければいけません。しかし、どうやって収益を得られるようにしたらいいのだろうと考えれば考えるほど、悩みが深くなっていきます。そもそも、ビジネスコンペで提案した内容は3社の凍みこんにゃくをひとつの商品にして付加価値をつけて売る、という内容でした。でもそれぞれの業者さんのビジョンを伺うと、抱えている課題や向かう方向が違うため、そのプランを推し進めることすら無理があると感じ始めていました。ではいったい何を作るべきなのか。どうやって利益を生み出せばいいのか。私自身は何をメリットにこのプロジェクトを進めていけばいいのか。

やりたいという思いはあっても、理想をかたちにするには想像以上に超えるべき壁がいくつもあるという現実。そのことを目の前にして、見えている課題に対してどう対処するかすぐに答えを出すことはできませんでした。

後編へ続きます。

 

フリーランスデザイナー。1985年生まれ、愛知県岡崎市出身。武蔵野美術大学を卒業後、デザイン会社勤務を経て独立。「茨城県北ビジネスプランコンペティション2017」で「”Shimikon” Branding Project~『凍みこんにゃく』のストーリーを伝える、新しいブランディング~」を提案し、奨励賞を受賞。現在は横浜を拠点に、地域の課題解決に関わるデザインに取り組んでいる。

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