茨城県北クリエイティブプロジェクト

#04 フリーランスへの転身、そしてパッケージ作りへ|凍みこんにゃくをめぐる冒険

凍みこんにゃくの商品づくりに向けてジタバタしている最中、私は人生の大きな転機を迎えていました。新卒から10年間勤めていた会社を退職し、同時にフリーランスのデザイナーとして独立したのです。

初回の記事で書きましたが、私はこれまでずっと「誰のために、何のためにデザインの仕事をしているのだろう」という鬱屈した思いを抱えていました。特に子どもが生まれてからのここ5年は、心の中に解消できないものがあることに気がついていたのに、忙しいこと、子育てをしてることを理由に、新しいチャレンジをすることを諦めていました。

そんな状況に風穴をあけるきっかけになったのが、茨城県北へのツアーでした。自分の住む場所に愛情を持った人たちと出会い、地域はプレイヤーを求めているという現実を知ったことで、やってみたいと思っていたことは自分自身が一歩を踏み出しさえすれば実現できる可能性があることに気がついたのです。それでも、会社を辞めることには不安がありました。収入が減ること、社会保障の心配、そもそも私に仕事をくれる人などいるのだろうか…。しかし、日々の仕事に追われる中でコップの水があふれるように「あ、もう無理かもしれない」と思う瞬間をむかえ、働き方を変える決意をしました。

このときはまだビジネスコンペにエントリーをする前でしたが、その半年後に会社を辞めて独立するに至りました。

フリーランスのデメリットとメリット

フリーランスのデザイナーになるとき、「これから私は自由だ!フリーランスになったら凍みこんにゃくのプロジェクトをガシガシ進めていくぞ!」という意気込みをもっていました。しかし、それをすぐに叶えるのは難しいことでした。フリーランス=時間が自由に使える、と思っていましたが、今まで会社で処理されていた庶務雑務は全て自分でやらなければならず、お願いされた仕事もまだ頼る先がないので一人でこなさなければいけません。そして、子育ては変わらずに続いていきます。それらを並行して進めるのは想像以上に大変なことでしたが、子どもを育てるためにもお金は稼がなければいけません。

そのため、金額が少なくても、手間がかかっても、仕事の依頼があればなるべく断らないことにしました。そうこうするうちに手に余るほどの仕事を引き受けてしまい、結果的に会社員時代の数倍忙しくなってしまうという事態に陥りました。そうなって初めて気づいたのは、フリーランスだからといって無制限な自由があるわけじゃないということです。どんな立場になっても、やりたいこととやるべきことのバランスを取ることは非常に重要だと身に染みて感じました。

子どもたちにもこれまで以上に負担をかけることに。

それでも、フリーランスになったことで仕事のやりがいはぐんと増しました。これまではデザインを届ける相手と自分との間に『会社』や『取引先』がいて、相手のことを一番に考えたものづくりが出来ない場面も多々ありました。しかし、フリーランスになり一緒に仕事をする相手と一枚岩で制作に取り組めるようになったことで、この人のために、この人が届けたいと思っている人のために力を尽くそうという気持ちでデザインに取り組めるようになりました。顔が見える相手とものづくりをし、人との出会いが何倍も増えたことで、今まで漠然としていた『やりたかったこと』がどんどん輪郭をもって立ち上がってきているような実感。大変なことも多いけれど、自分の舵取り次第でどんな方向へも進めるこのフィールドでやれるだけのことをやってみようという気持ちで日々の仕事に臨み、時折凍みこんにゃくの生産者さんと連絡を取りながらプロジェクトを進めるための準備を少しずつ整えていきました。

ここまで待っていてくれた生産者の方々の思いを裏切らないためにも、新しい商品の実現に向けて気合が入ります。

時間をかけて、生産者のみなさんとの距離が縮まっていきます。

ブランディングのために、ブランディングをやめる

凍みこんにゃくのブランディングをするという目的に向かってまず最初に考えたのは、ブランディングのことを考えるのはやめよう、ということでした。

そもそもブランディングとは、対象となるものの“らしさ”を見つけて磨き、そのイメージを市場に浸透させるマーケティング手法のことです。そこで重要になるのが、ブランドのビジョンを明確にして向かうべき方向を間違えないように設定すること。しかしそれは私一人が頑張ればいいという話ではありません。もっと言えば、一番肝心なのは経営する側の熱意と覚悟になります。それがなければブランディングを進めていくことはできません。

一方で今回の凍みこんにゃくのプロジェクトは、言ってみれば私が勝手に生産者さんを巻き込んで始めたおせっかいにすぎません。そのような関係性のなかで、ブランディングを提案するのは行き過ぎたおせっかいだろうし、時期尚早と言えるでしょう。いまはなにより、小さなステップを積み重ねてブランディングの足がかりとなるものを作っていくことが重要です。そのような思いから、まずは新しい商品やパッケージを生産者さんに提案することに焦点を絞りました。

凍みこんにゃくの「ありのまま」を大切にする

3社の生産者さんと話を進める中で、各社でつくるべきものの方向性は見えてきました。その中で袋田食品さんは、自社で作ったものを直接販売できる店舗があり、私が最初にイメージしていた少量パックの凍みこんにゃくにも興味を示してくれました。そこで最初のスタートとして、袋田食品さんと少量パックの新しい商品づくりを始めていきました。

袋田食品さんとは営業取締役である高村和成さんとお話をしており、「凍みこんにゃくを高級食材として認知させていけたらと思っているんです」ということを伺っていました。実際、自然の力と人の手間で生み出される凍みこんにゃくは、高級食材と言って過言ではありません。そこで、どうやったらその価値が市場に伝わるかを話し合いました。

その中で始めに出たのは、凍みこんにゃくは『こんにゃく』という名称がつくことで、どうしても一般的な食べものという認識が覆せないのではないかということでした。例えば豆腐で考えてみると、『豆腐』は一般的な食べものですが、上澄みの『湯葉』は高級食材として認知されています。そのようにいっそ名前を変えることで、凍みこんにゃくはこんにゃくとは別のものと認識されるのではないか、と考えました。そこで新しい名前をいくつか考えて提案をしてみました。しかし、そのときは「いいですね!」と盛り上がったものの、心の中ではなんとなくしっくりきません。なぜなら最初に県北に行ったときに、いくつかのお土産屋さんで「凍みこんにゃくって知らないでしょ?これはこんにゃくを凍らせてから乾燥させたものでね…」とみなさんが愛情を持って話す姿が忘れられなかったからです。『凍みこんにゃく』を知っている地元の方は、その名前も含めて愛着と誇りを持っている…。

そのことを考えると、売るために何でもかんでも変えることがいいのではなく、その土地で積み重ねられてきたものはありのまま大切にしたいという思いが湧きました。そこで、名前は変えずに今の凍みこんにゃくそのままの良さを最大限引き立てるパッケージをつくることを再度提案しました。高村さんは名前を変えることを選択肢から除外したわけではありませんでしたが、まずは『凍みこんにゃく』という名前で商品を作ることに納得してくれました。

ここから、新しいパッケージ作りはどんどん具体的に動き始めていきました。

フリーランスデザイナー。1985年生まれ、愛知県岡崎市出身。武蔵野美術大学を卒業後、デザイン会社勤務を経て独立。「茨城県北ビジネスプランコンペティション2017」で「”Shimikon” Branding Project~『凍みこんにゃく』のストーリーを伝える、新しいブランディング~」を提案し、奨励賞を受賞。現在は横浜を拠点に、地域の課題解決に関わるデザインに取り組んでいる。

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