茨城県北クリエイティブプロジェクト

#03 青い傘の奇跡|“クリスト”という事件

里美の真ん中で地域づくりに懸命に取り組む岡崎靖さんは、20年前に里美にきた移住者だ。クリストが里美で青い傘を開かせていたとき、天の邪鬼な性分の岡崎さんは里美に足を運ばなかった。クリストを直接知らないからこそ、“クリスト”という事件を客観的に振り返ることができるんじゃないか。里美にとって“クリスト”とは何だったのか。地域とアートとの幸せな関係とは。記録を探り、そこに暮らすひとへの聞き取りから、ヒントが浮かび上がってくるかもしれない。(編集部・中岡)

クリストへの想いを共有した手作り回顧展

クリストによるアンブレラプロジェクトに対する自治体側の対応の中には、プロジェクトがスムーズに進むための支援や開催期間中の観覧者対策は盛り込まれていたが、あからさまな振興策や経済効果の試算などは確認できなかった。クリスト自身にとってこのプロジェクトは自分が実現したい作品そのものであり、プロジェクトの独立性を頑なに主張し続けていたからだろう。誰にも邪魔されないように、彼は公的なお金を受け取らず、いっさいを自己資金で賄ったことは何度も繰り返しておきたい。

そして、傘の設置のために土地を提供したひとやクリストが里美で安心して生活できるようにサポートした地域の人たちにとっては、プロジェクトの成功が今後の地域振興につながることへの期待より、傘が開くその時を純粋に楽しみに待っていたに違いない。

もう一つのプロジェクト

当時のことをさらに調べようと資料をあさっていると、アンブレラプロジェクトが開催されるのに合わせて、開催地ではなかった地域で、別の一風変わった行事が開かれていたのを見つけた。大中(おおなか)公民館が企画した「日本一長いロード壁画と夢の落書き天国」だった。公民館主催で行われたこの催しは、大人から子どもまで全村民を対象に、参加者の描きたい絵の大きさにあわせて90cm✕180cmのコンパネが支給され、ペンキで思い思いの絵を描いてもらい、大中宿を通る国道349号線旧道沿い約300mに展示するものであった。参加作品はなんと430点にものぼった。

アンブレラプロジェクトに刺激を受けて企画したロード壁画 作品の数々

参加者の一人で、当時高校生で美術部員であった高星範秀さんにお話をうかがうことができた。多くの参加者が1枚で絵を描いていたが、大作を描くチャンスを得た高星さんはコンパネ3枚をもらい、モネの睡蓮をモチーフに作品を描き出展したという。コンパネは支給だったもののペンキなどの画材は自己負担だったので高校生の小遣いでは相当の負担だった。クリストの活動に影響を受け、たくさんのコンパネをもらって大作を目指したもののペンキを買うお金があまりなく不本意な作品になってしまったことを今でも思い出すという。

大中地区の人々は、自治体や大規模資本に頼ることなく自分のアートを表現しようとするクリストとジャンヌ=クロードの純粋な制作意欲に触発されたのかもしれない。「よーし!俺らもいっちょでっかい絵を描こうじゃないか!」と思い立ったのだろうか。当時の公民館長が高齢となり当時の様子を聞くことはできなかったが、写真に収めきれないほどの作品記録を手にした時、当時企画した公民館と参加した地元の人達の無邪気な思いがひしひしと伝わってきた。

青い傘の残像

現在の里美にとって、クリストとはどのような存在なのだろう。

かつてジャンヌ=クロードが“シャングリラ”と呼んだ陣場は、家主不在の家が増え、かつての美しい棚田はクズに覆われ見る影もなくなってしまった。耕作者がいなくなった棚田を見つめていると、そこには1991年10月に開いた青い傘の残像が浮かんでくる。人々に自分の夢を説き、巻き込み、いつしか自分事にさせてしまう。クリストが起こした奇跡は、残像となって訪れる人の目に浮かんでは消える。

陣場の谷に浮かぶ青い傘(写真提供・中野勉さん)

陣場上空からの航空写真 写真業者がつけたタイトルに石川さんと苦笑。お祭りイベントではないのだけれど (写真提供・石川武さん)

2017年夏、私が代表を務める合同会社ポットラックフィールド里美は移住先の候補として里美を選んでくれる人のためのお試し居住田舎暮らしトライアルハウスJinbaの運営をはじめた(常陸太田市の移住定住推進事業としてポットラックフィールド里美が受託)。“Jinba”とはもちろん、クリストとジャンヌ=クロードが愛した「陣場」である。彼らが拠点として使用していた住居跡のすぐ下隣の空き家だ。この場所にはこだわりがあった。美しい棚田とそこに暮らす人の営みにクリストが傘で彩りを与えたように、耕作されなくなった農地を新たに生まれた余白と捉え未来につなぐ彩りを与える、そんな想いを共有できる仲間ができることを期待して、お試し居住の場所を陣場に求めたのだった。

クリストと陣場に住むおばあさんが初めて出会った畑

「こんにちは。私の作品を3週間だけあなたの土地に飾らせてください」

地域の人々が自分ごとのように後世まで語り継ぐクリストの活動は、とてもシンプル。だけど、地域とアートのしあわせな関係は、丁寧な関わりの積み重ねから始まるのかもしれない。

茨城県日立市出身。山村での自然に囲まれた暮らしを求めて、平成9年に当時の里美村に家族と共に転入。3年後地元の酒造会社に蔵人として転職。酒造りを通して、水の大切さとそれを育む森林環境の重要性を知り、2002年森林インストラクターの資格を取得。森林(自然)と人をつなぐ活動を続けている。2015年3月13日、活動を共にしていた仲間と「合同会社ポットラックフィールド里美」を設立。フィールドマネージャーとして体験活動のコーディネート、プラン策定などを担当。山村の暮らしの中から、これからの地域の可能性を見出し世に送り出すことをミッションと課し活動している。

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