茨城県北クリエイティブプロジェクト

#06 新しい物語を探して|海と山の間を歩く

写真家・松本美枝子さんによる連載「海と山の間を歩く」

西に多賀山地を控え、東には太平洋が広がる、日立市。日本3大銅山であった日立鉱山が開かれ、その地質の恵みを礎に、世界最先端の鉱工業で発展を遂げてきた。鉱山が閉じて約40年。海と山に囲まれた豊かな自然の中で、この街の歴史と暮らし、そして今を生きる人々を知りたい。それを探す小さな旅のエッセイ。

新しいプロジェクトをやろう

去年、仕事場で一枚の募集チラシを目にした。非常勤講師として週一回通っているデザインの専門学校の講師控え室でのことだ。季節は春から夏へと移り変わる境目だっただろうか。まさにこの連載の1回目の原稿を書いている頃だったと思う。

チラシには「茨城県北地域おこし協力隊 募集」と書いてあった。よく見ると「茨城県では県北地域をアートで活性化させるために、初めてアーティストとアートコーディネーターを募集する」「個人事業主として委嘱」などというようなことが書かれていた。

非常勤講師の同僚たちが、あまり興味なさそうに「地域おこし協力隊って、なんかいろいろ大変そうだよねー」と言ってチラシを眺めている。何気ないふりでその話を聞きながら、私は「いやいや、これを一つの事業枠と考えて、新しいプロジェクトを作るとしたら、面白いんじゃないの? これをやらない手はないんじゃないの?」と頭の中の計算機を、パチパチとならし始めていたのであった。

さっそく私は応募用紙を送った。もちろん、自分がずっと追いかけている、日立の地質を中心とした自然科学と歴史をテーマにしたアート・プロジェクトを立ち上げる! という企画書もつけて。

そして数ヶ月後の10月1日、私はめでたく、アーティストとして初代・茨城県地域おこし協力隊を委嘱され、常陸太田市に引っ越してきたのであった。

のちに「メゾン・ケンポク」と名付けた協力隊事務所からは常陸太田の街と山が見渡せる。ここは昔、大きな料亭だった。

県北を「サーチ」する

さて企画書にも書いた通り、やりたいことだけは、協力隊になる前からきっちり決まってはいたのだけど、どんな形にして進めていったら一番面白くなるのだろうか、としばらく考えていた。

できれば、自分だけでなく、自分がともに作品を作りたくなるような人と一緒に、なにか新しいことをやっていきたい。自分が良いと思っているアーティストを呼んで、一緒にリサーチしていつか作品を作る、そんなリサーチ・プロジェクトはどうだろうか。そこにキュレーターもいたら、もっと面白くなるだろう。

そんなことを考えついて、フリーランス・キュレーターの澤隆志さんに声をかけてみることにしたのであった。東京で活動している澤さんは、実は茨城県水戸市出身なのだ。すると澤さんはまずはビジュアル作品ではなく、テキストをアーカイブしていくのはどうかな? と言う。

そのアイディアとはつまりこうだ。国内外を舞台に活躍するゲストと参加者が同じ時間を共にして、県北をリサーチし、それについての文章をアーカイブしていく。そしてそれを道標にして、県北地域に人が訪れる。そんな全く新しい仕組みのアート・プロジェクトを作ってみよう、ということになったのである。その名も「茨城県北サーチ」だ。

プロジェクトのサブタイトルは「なにかが道をやってくる」。SF小説家、レイ・ブラッドベリの短編のタイトルから、澤さんが考えたものだ。

そして「茨城県北サーチ」第1期として3人のゲストを選ぶことになった。まずはこの連載の初回にも登場した、日本最古の地層が日立にあることを発見した地質学者、田切美智雄先生。田切先生の研究をなくしては、自分の県北地域でのアート・プロジェクトは始まらない。さっそく田切先生に相談すると、快諾してくれた。

もう一人は世界で活躍する映画監督の鈴木洋平さん。洋平さんにゲストをお願いしたきっかけは、協力隊の常陸太田事務所がある「メゾン・ケンポク」に洋平さんが遊びにきてくれたときに発した一言だった。鯨が丘の上から太田の街を見下ろしながら、洋平さんが「坂の下の建物から、丘の上を撮ったらどんな絵になるかな」と呟いたのが、私にはなんだかぐっときたのだった。

洋平さんが街を見るだけで、もうそれは映画の素材になってしまうのだ。私はそんな風に感じた。だったら、その行為そのものを参加者と一緒に行うことが、この街を新たにリサーチすることにつながるのではないか、と思ったのである。

そしてもう一人、このプロジェクトは最終的にテキストを残すからこそ、言葉を扱うアーティストが良いな、と思い、初回にはノンフィクション作家の川内有緒さんに来てもらうことにした。

こうしていよいよ茨城県北サーチ「なにかが道をやってくる」がはじまったのである。

澤さんとともに「茨城県北サーチ」のためのリサーチにて

記憶の中を歩く

(写真:仲田絵美)

さて、ここに私が常陸太田のとあるところから入手した、ある一人のアマチュアカメラマンがこの街を写した黒白写真516枚がある。引き気味の構図で、数十年前の鯨ヶ丘の坂道を行き交う人々を客観的に、でもちょっぴりユーモラスに捉えた写真はついつい見入ってしまうと同時に、これを撮った人は一体どんな人だったんだろう? と思わずにはいられない、不思議な魅力を持つ写真でもあった。

(写真:仲田絵美)

(写真:仲田絵美)

川内有緒さんの回ではこの写真を使って、それぞれがとことん、写真に映った瞬間を妄想するということから始まった。ノンフィクション作家である有緒さんは、「ノンフィクション文学は、事実を調べて書いていくものだけれど、そこには『これは一体どういうことだったんだろう?』と空想する力も実はかなり重要」と言う。

それぞれが一人で写真に向き合い、写された被写体について妄想し、それをさらに有緒さんや他の人たちとシェアすることで、より豊かな想像の世界が広がっていく。ある人にとっては完全なる妄想だったり、またある人にとっては、実は自分の記憶だったりと、一枚の現実から引き出された、参加者それぞれの現実と虚構が入り混じった熱い語りを聞いているうちに、有緒さんも私も、参加者の「想像力」のエネルギーに驚かされた。そしてその力を引き出す、この写真が持つ魅力にも、改めて気づかされたのであった。

最後には有緒さんと私から、この写真の撮影者の素性について、私たちが知っていることだけをほんの少し明かした。ここでは詳しくは書かないが、撮影者の人生の一端を知ることによって、参加者は市井の人々の物語、そして写真の持つ物語性について、さらに深く考えることになったのである。

川内有緒さんと語り合う参加者たち(写真:仲田絵美)

太古の海を登る

(写真:吉山裕次郎)

続く第二回では、田切先生と日本最古の地層がある日立の御岩山と高鈴山を登ることになった。この連載の初回に書いた通り、日立にある日本最古の地層とは、5億年前の海の痕跡である。だから現代の山を登るということは、5億年前の海の中を探る、ということにもなるのだ。

さらに御岩神社周辺は、縄文時代以降の人間の歴史、そして日立鉱山に代表される近代産業の歴史も深く根付いた土地だ。田切先生は地質時代の歴史と、有史以降の歴史が交差するこの土地の面白さが体感できる、特別な登山コースを考えてくれていた。

この日は3月下旬にしては珍しくかなり冷え込み、山の中では雪が舞っていた。田切先生の研究を、もっと多くの人に知ってもらいたいと思って企画したこの回。案の定、県内外から地層が好きな10代から70代まで23人が集まり、雪の中、二つの山を縦走しながら、田切先生の話を聞いて地層や史跡を観察し、大いに盛り上がったのであった。

山を登り終えて、田切美智雄先生とともに(写真:吉山裕次郎)

新しい物語を作る

(写真:吉山裕次郎)
さて、実はこの原稿は、その山登りが終わった後に書いている。さらに第3回の鈴木洋平さんの回「まだ見ぬ映画を覗く」は、この原稿が無事にサイトに公開される頃に始まるだろう。有緒さんや田切先生の回と同様、洋平さんがいろいろな構想を練っていて、面白いリサーチになることは間違いない。

「茨城県北サーチ」とは、ゲストと参加者が一緒に「サーチ(調べる)」すること、そして最終的にゲストがそれについてのテキストを書いて公開していくこと、というリサーチとアーカイブのプロジェクトだ。今回のゲストは、ノンフィクション作家と地質学者と映画監督、という一見バラバラなジャンルである。

けれども私は、文学も地質学も映画も、そして写真も、それぞれ「時間」を取り扱う、ということは共通しているのではないか、と思っている。時間の流れの断面を見せるのか、それとも時間の流れのなかの点と点をつないでいくのか、それぞれのジャンルの中で時間の扱い方は違うけれども、根底に流れるものは同じような気がしている。そしてその時間の中には、必ずなにかの物語が眠っている。

今回のサーチでは、ゲストがそれぞれの手法で、参加者と一緒に、まだ広く知られていない土地の現実や、人知れず土地に眠っている物語を探していく力について、深く考えるきっかけになったと思う。まずは一ヶ月後に「茨城県北サーチ」の公式ウェブサイトに公開されるゲスト3人のテキストを楽しみにしていてほしい。

「まだ誰も解っていない部分は、地層を見て空想を巡らし、好きなことを考えていられる。つまり頭の中でロマンチックな小説を書いているようなものなんです。そして文献と空想の間を埋めていくためには、どうしても、基本のデータが欲しくなる」

これは田切先生が、この連載の初回で語ってくれた言葉だ。去年の夏前に先生から聞いたこの言葉が、図らずも、このあと私が新しいプロジェクトを始めることのきっかけになったように思う。

「茨城県北サーチ」のゲストと参加者による3つのリサーチの結果が、これからどのように転がっていくのかは、主催の私にもまだ、わからない。だけど、その振り幅が大きければ大きいほど、きっと茨城県北の面白い未来につながっていくのではないかと思う。土地固有の物語を探して、それを明らかにしていくこと、あるいは残していくことは、一見地味で、結果が分かりにくい作業でもある。だけど実際はそんな小さなことこそが、そこに生きる人たちの未来に、より豊かな力をもたらすはずだと私は思う。だって、いつの時代でも、人は自分たちの人生に「物語」を求めているからだ。

そしてこの連載もまた、「日立」という土地の物語だった。「茨城県北芸術祭」でこの町の長い歴史の作品を作った私だが、芸術祭が終わった後も、もっと日立のことを知りたいと思ったことが、この連載のきっかけとなった。その欲求に従って、ただただこの町の人たちに会って、話を聞いて調べてたことを、ここに書いて皆さんに読んでもらってきたわけだ。6回に渡ったこの連載はこの回で終わるけれど、人と人が出会って生まれる物語は、終わることがない。だから、きっとまた、どこかで皆さんとお会いすることになるだろう。

文・写真 松本美枝子(記載のないもの全て)、仲田絵美、吉山裕次郎

写真家。1974年生まれ。人々の日常、人間や自然の「移動」をテーマに、写真とテキスト、映像による作品を発表している。
主な個展に「The Second Stage at GG」#46 松本美枝子写真展「ここがどこだか、知っている。」(ガーディアン・ガーデン、2017)の他、「茨城県北芸術祭」(2016)、中房総国際芸術祭「いちはらアート×ミックス2014」など各地のアートプロジェクトにも参加。写真集に『生きる』(共著:谷川俊太郎、ナナロク社)など。

撮影:豊島望

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