茨城県北クリエイティブプロジェクト

#05 ある街の物語|ケンポク切絵探訪記

イラストレーターの小林敦子さんとともに県北をぐるりとまわるこの旅は、日立を形式上の終点として、まもなく終わろうとしている。小林さんの新鮮な“眼”を借りて県北を観察することで、見慣れた風景に対して新しいまなざしを持つこと。それによって、すでにくだされた価値判断をカッコに入れて、地元を見直すこと。そして、企画の種を見出すこと。今回の旅はたった9時間程度のあいだに試験的に実行したものだったが、試みは十分達成されたように思える。ただ、達成感はない。余韻といっていいかどうかわからないが、残ったのは、書ききれない、という無力感だった。もちろん、ポジティブな意味であるが。

かつて繁栄を極めた日立のまちなかを歩いていると、「貸店舗」の張り紙が貼られた物件がそこかしこに立ち並んでいる。数十年前に日立製作所やその取引先の社員で大いに賑わったというキャバレー、工場労働者のための居酒屋、あるいは生活に必要なものを揃えた日用品店、紳士淑女を彩ったブティックなど、かつては多くのひとが出入りしていただろうことを想像する。

それらを目にして、寂しい、悲しいと感傷的になることはかんたんだ。なんとかせねばという勢いに任せて、空き店舗や空き家の再活用に乗り出すひともいるだろう。その気持ちも理解できる。それによって少しでも町が元気になるなら、やらないよりは、たぶん、やったほうがいい。

しかし、お金が回るよりも先に、あるいは同時に、やらないといけないことがあると思う。それは、その土地について書く、ということだ。それはフィクションでもノンフィクションでも、小説でも日記でも、エッセイでも、あるいは今回の旅で小林敦子さんがやってくれたように絵を描くのでもいい。書かれ、届けられた言葉は、すべてその土地の物語になる。誰かにとっての物語になる。

どんなに風景が美しかったとしても、ご飯がおいしかったとしても、そこに住むひとびとの気性が良かったとしても、移り住むための“何らかの物語”が見つからないことには、ひとはそこに住むことはできない。東京に人が集まるのは経済合理性のうえで優位にあるからとも言えるけど、地方から東京への「上京」の物語も含めて、かの地ほど物語の染み付いた土地はない。質においても、量においても、東京にはかなわない。

しかし、前回の記事で書いたように、ぼくは新田次郎の『ある町の高い煙突』を3年前に読んだことがきっかけで、かつて高校時代を過ごした日立へと意識が向いた。そのながれのなかで、こうして県北の仕事をしている。移住こそしていないけれど、故郷に対する気持ちは3年前と比較して大きくふくらんだ。かといって、日立に地縁がなくても、新田次郎の小説を読んで同じ気持ちになったかといえば、正直なところ、あまり自信はない。

でも、複数の縁=物語の蓄積がないと、どのみち移住という決断にはなりにくいことも確かだ。だから、小さな物語をどんなかたちでもいいから、言葉にして、誰かに読んでもらわないといけない。空き店舗のリノベーションを実行する前に、その隅っこでホコリを被っているであろう物語を引っ張り出して記録する。あるいは、まだかろうじて営業しているお店のあるじに声をかけ、昔の話を聞いて文字に起こす。そんな物語が、誰かに届くことがあると信じている。物語というものは、誰に届き、誰の心を動かすのか、まったく予期できないものなのだから。

かみね公園をあとにして、まちなかを車で回ることにした。外は薄暗くなって、散歩して回るには時間がない。もう旅を終えるつもりで、ただ「流す」つもりだったけれど、そういうときに限って出会いがあるものだ。日立市では珍しい、純喫茶を見つけたのだ。

長居するわけにはいかなかったが、この店の装いをひと目見て、足を踏み入れずにはいられなかったのだ。この旅は、この純喫茶で終えることにした。

入店すると、座席は中二階と中地階に別れている。といっても、いまは中二階のみが開放されている。給仕をしているおばあさんはゆっくりとした調子で、ぼくらを中へ案内する。天井からぶらさがるシャンデリア、壁の高いところには回廊のような柵が飾りとしてついている。席に腰を下ろせば、体はソファに程よく沈む。ヨーロッパのクラシックなカフェを模した内装は、少し年季が入っているけれど、居心地は格別だ。コーヒーもうまい。

日立市内にこのような場所が残っていることを、ぼくはまるで知らなかった。慣れ親しんだ土地に対して自分がどれほど歪んだ眼差しを持っていたかと改めて反省した。ぼくはもっとこの喫茶店のことを知りたいと思った。さきほどの給仕のおばあさんは、おそらくこの店のあるじのように見える。いつかまたここに来て、何度も通って、彼女の話を聞いてみようと思った。

この土地の物語を書ききるには、たくさんのひとと、たくさんの時間が必要だ。

本編はこの記事で最終回となります。ここまでのご笑覧くださいましてありがとうございました。なお、このあと番外編として「けんぽく文字」をお届けします。おたのしみに。

絵・小林敦子
編集/文/写真・中岡祐介(三輪舎

 

小林 敦子(こばやしあつこ)
1989年岡山生まれ。筑波大学芸術専門学群美術専攻特別カリキュラム版画卒業。2014年よりフリーのイラストレーターとして活動。切り絵や水彩で身近なモチーフを描く。料理と植物とDIY好き。ktasybc.tumblr.com
中岡祐介

株式会社三輪舎 代表取締役、編集者。1982年、茨城県ひたちなか市生まれ。県北との縁は、ほとんどの同級生が通う水戸を避けたかったために日立の高校に進学したことからはじまる。2014年、「暮らしのオルタナティブを発信する」をミッションに、出版社である株式会社三輪舎を設立。現在は横浜に拠点を置きつつ定期的に茨城に通っている。
三輪舎 3rinsha.co.jp

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