茨城県北クリエイティブプロジェクト

#08 山あいの、ただのカフェ|連載:クリエイティブのフィールドワーク

関東の最北端。茨城県の北部地域6市町を舞台にした連載『クリエイティブのフィールドワーク』。フィールドワークとは、文字通りフィールドつまりは現地に入り、各々が “ある視点” に基づいて、物事の仔細を見聞き体験し、机上だけでは決して分からない、“視点”と“対象”を結ぶ地脈を全体的に理解しようとする行為。今回の連載では、映像作家である筆者が、いちクリエイターとしての視点から、何に興味が湧き、何に可能性を感じ、何に学びを得たのかを書き残し、茨城県北地域にクリエイティブの火種を見つけていく。

以前から、その噂だけはちらほらと聞いていた。常陸太田市の山あいの小さな集落に、素敵なカフェがあると。そしてどうやらそのカフェは、普通のカフェではなく、障害をもった方々と共に働く、就労継続支援事業所でもあると。いったいどんな人がどのような想いでやっていて、どんな情景があるのだろうか。晴天の冬のある日、車を走らせて『山のcafe sasahara』へ向かった。

山間部へ向かって車を走らせると、風景が広がり、のどかさが増していく。こうした懐の広さとも言える(実際に県内で一番広い面積をもつ)常陸太田市の雰囲気が好きだ。道路脇にポツリと『山のcafe sasahara』の看板が出てくる。カフェなんて、この先にありそうにない雰囲気がそうさせるのか、看板の程よく力が抜けたデザインがそうさせるのか、期待感とともに、妙な落ち着きが膨らんでくる。こんな景色を見ながら、美味しいコーヒーが飲めたら最高だろうな、そう思った。

“ただの”カフェ

日本家屋を改装した、木の温かみに溢れた空間で迎えてくださったのは、菊池登茂子(ともこ)さん、真澄(ますみ)さん親子。母である登茂子さんは、一般社団法人山里舎の代表理事として、障害者の方の地域就労の相談を受けながら、『山のcafe sasahara』の厨房を担当。そして、娘の真澄さんは、『山のcafe sasahara』の責任者として、広い範囲で仕事をする。2019年の4月にオープンしたばかりの『山のcafe sasahara』は、お二人に加えてご家族、そしてここに就労して働く方々で、小さく運営されている。

菊池真澄さん(左)と菊池登茂子さん(右)親子

奥の座敷スペースに座り、ハンドドリップで入れてくださったコーヒーをいただきながら、さっそくこのカフェがどういったカフェなのか、お聞きした。

(登茂子さん)「一言で言えばここは、ただのカフェなんです。いわゆる就労支援のカフェというイメージは私たちにはないんです。居心地が良くて、提供しているランチプレートやコーヒーに丁寧さを感じられて美味しい、そういったカフェであろうとすること。働く人はすべてそこに繋がっているんです」

木の温かみに溢れた空間のリノベーションを担当したのは、建築士の鯉渕健太さん(株式会社暮らし図)

(登茂子さん)「現在、定期的に働いてくださっている方は二名いらして、お一人は配膳などを担当していただいていて、お一人は少しお体が不自由なので、バックヤードでパソコン仕事をしていただいています。体調に波があるけど一生懸命配膳をしてくださったり、前職の経験を活かしてパソコンを用いてお客さま分析をしてくださったり、そんな様子を見させていただいている私たちは、なんでも仕事になるんだなぁと気づかされるんです。人のいるところ、人の動くところ、人の想うところに仕事というのは、本当にいっぱいあるというのを大発見させていただきました。だから、とにかく念仏のように(笑)ただのカフェだよねぇ、私たちただのカフェを目指したいよねぇと言っています」

人のいるところ、人の動くところ、人の想うところ。その“ところ”とは、まさに“ただのカフェ”。それは障害の有無を前提としていない。だからか、就労支援の受け入れ事業者としての説明会などでは、困惑されることも少なくないそうだ。まだまだ、そのような考え方が福祉業界においては少数であるのだろう。常陸太田市の山あいの小さな集落にある、“ただのカフェ”『山のcafe sasahara』は一見のんびりと、でも福祉業界の最先端をいってるのではないか。

広大でも壮大でもなく、優しいとでも言うべき風景がお店の前に広がる

そして、『山のcafe sasahara』訪れた人は、口を揃えてランチプレートが美味しかったと言う。厨房を担当する登茂子さんにそのことを伝えると、実は今まで調理経験はなかったそう。しかし、心がけていることがあるそうだ。

(登茂子さん)「義理の息子が飲食店に関わっていることから、彼に三つのアドバイスをもらいました。まずレシピに忠実であること、そして素材の品質を大切にすること、それと丁寧に作ること。とにかくこのことを守って、あとはやりながら勉強しました。最初の頃なんかは、カレーの味も日によって変わっていたりして…。でもそうやって、あーだこーだ言いながらやっていくのが、私たちには合っているのかなぁとも思います」

きっとそうした試行錯誤のプロセスに、見過ごされてしまいがちな仕事の種を発見できるし、できなかったことができるようになる喜びを、ここで働く人たちとともにお二人も感じている日々なのだろうと想像する。

(写真:『山のcafe sasahara』提供)11時から14時半の営業時間で、週替わりでランチプレートを提供

スウェーデンでの体験

お二人が『山のcafe sasahara』をオープンさせる少し前に、影響を受けた経験があった。それが、親子で旅をした北欧スウェーデンでのこと。

(真澄さん)「私たちが行った、北極圏に近い小さな町でホームステイをさせてもらった方も、ご自身が障害をお持ちでした。そういう方が、スウェーデンでは実際にどういう生活をしているのか、それを見ることができた貴重な旅でした」

(登茂子さん)「特に印象的だったのが、その方が生まれて、幼少期からどういう病院や訓練所に通っていたのか。そして、伴侶を得て、自分たちで生活できるまでのプロセスまでも、全部を見せてくださったんです。あぁ、スウェーデンというのはすごいなぁて、本当に思いました。そして、当時お世話になった方達がどこの施設にもいらして、私たちが行くと思い出話しなんかもしてくださって。根本的に日本とは何かが違うかなぁと感じました」

(写真:『山のcafe sasahara』提供)


(写真:『山のcafe sasahara』提供)

(真澄さん)「その人が生きたいように生きてるのかなぁと。まだ日本では、行政や周囲の人が本人の道筋や生きる世界を決めてしまっているというか…。スウェーデンだと、自分がここに住みたいからここに住むし、車でどこかに行きたいならそういった車があるし、キャンピングカーでバカンスも行っちゃう。全介助が必要な人も、一人暮らしをしていて、二十四時間体制でパーソナルアシスタントの方がいて、働きに行って、余暇の時間には趣味を楽しむ。本当に理想だなと思いました」

(登茂子さん)「ホームステイさせてもらったご夫婦もお二人とも体が弱い方。普通のシステムキッチンだとお皿などを上げ下げするのが大変なので、市に電動のものをつけてくださいとお願いすると、つけてくれる。お給料の四割が税金でもっていかれるけど、何も不満はないそうです。自分たちはこういう風にすると生活がしやすいということをちゃんと言っていいし、それを行政が形にするのは当たり前、という空気。普段、自分のなかでは当たり前と思っていることが、いざ社会では当たり前になっていないことを残念に思うことがありますが、それを実現している社会が、地球上には存在しているんだ!ということに勇気づけられました」

(写真:『山のcafe sasahara』提供)

スウェーデンでは、機能的な障害のある人々のための援護とサービスに関わるLSSという法律が1994年に施行され、各県の入所施設の解体が命じられ、代わりに障害を持つ人が地域で生活するための支援策が整えられたそう。例えば、真澄さんの言うパーソナルアシスタント制度の他に、個人的関心を発達させ、自分の友達を持ち、他の人と同様の個人的ライフスタイルを持つことができるように支援するために欠かせない人的援助手段としてコンタクトパーソン制度という特別なサービスもあるようだ。

誰もが、故郷や好きな場所で、自分らしく生きている社会。『山のcafe sasahara』には、お二人がスウェーデンで感じた、そんな社会への希望が詰まっている。そして、そんな場所が、茨城県北にあるということに、なんだか希望が湧いてくる。

“ただのカフェ”はあり方そのもの

2019年の4月から営業をはじめて、6月に本格オープン。徐々に口コミが広がり、いまや常陸太田市内からだけではなく、わざわざ日立や水戸から足を運ぶお客さんも増えた。中には、営業時間の11時から14時半まで、ゆっくりと寛いで話に花を咲かせたり、ぼぉとされているお客さんもいるそうだ。そんなお客さんたちのほとんどは、『山のcafe sasahara』を、ちゃんと“ただのカフェ”と認識している。

(登茂子さん)「ほとんどの方が、そういったことに気付かれないですね。つい先週も、高校二年生の子に体験として来てもらって、フロアに出てもらいましたけど、全く違和感がなくて」

少しだけもったいない気もした。素敵な“ただのカフェ”だけではない魅力に気付いてもらえれば、中には、美味しさや寛ぎ、居心地の良さにプラスアルファの大きなお土産を持ち帰るお客さんもいるように思ったからだ。

でもそれは、わざわざ伝えることではないのかもしれない。実はこのインタビューのはじまりに、うっかり的外れな言葉を発してしまった。「このお店のコンセプトを教えてもらえますか?」そう聞いたときに、真澄さんが少し困った顔をされた。今考えてみれば、“ただのカフェ”はコンセプトではなく、あり方そのものなのだ。そうであるならば、コンセプトという言葉は、きっと違和感を持って響いてしまったに違いない。“ただのカフェ”というあり方を目指すために、よりお客さんに満足してもらえるように、「働く方、お一人お一人が持っているものを仕事にしていきたい、それを一つ一つ形にしていくこと(登茂子さん)」その先に、きっともっと素晴らしい情景が待っているのだろうと思った。

文・写真   山根晋

山根 晋

映像作家 / プロジェクトディレクター

1985年生まれ、神奈川県在住。大学卒業後、広告営業や雑誌の立ち上げを経験。その後、千葉県九十九里に移住し、大工や林業の仕事をしながら映像制作業を独学で始める。近年は、映像人類・民俗学、思想や文化、古今東西の手仕業などの関心領域から、日常性の中に在る記憶や物語、関係をテーマにした映像をつくる。また、企業や自治体の情報資産の制作や記録を担う。茨城県北クリエイティブプロジェクトでは、2017年4月よりウェブサイトの情報制作ディレクターを務めている。shinyamane.com

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