茨城県北クリエイティブプロジェクト

ケンポククリエイターの本音|移住編

本ウェブサイトでは、これまで茨城県北地域にあるクリエイティブなひと・もの・ことを記事で紹介してきました。様々な書き手による、様々な視点や切り口によって、この地域の新たな側面、そして眠っていた価値や可能性の発掘を行ってきました。しかし実際のところ、茨城県北地域(通称:ケンポク)ってどうなの?クリエイターが仕事できるの?移住できるの?そういった単刀直入な声にもお答えすべく、現在ケンポクで精力的に活動をしているクリエイターの方々に“本音で”アンケートに答えていただきました。今回の記事では、移住編と題して、このケンポクに移住し活動している三名のクリエイターの本音アンケートを掲載します。仕事編はコチラから。

石渡 のりおさん( 檻之汰鷲ORINOTAWASHI・生活芸術家 )

2003年、結婚を機に妻チフミと夫婦でアートユニット檻之汰鷲(おりのたわし)として作品をつくるようになる。彼らは異なる素材を組み合わせて予想外のイメージをつくるコラージュという技法を得意とする。2011年、東日本大震災をきっかけに、夫婦はそれまでの仕事を辞めて、アートで生きていくことを決意。2013年には、ヨーロッパとアフリカの5カ国に滞在して世界の人々がどのように暮らしているのか、アートは何の役に立つのかを探求。その経験をきっかけに、そこにある歴史や文化、環境、人との出会いも素材としてコラージュする作品を発表するようになる。特にアフリカのザンビアで泥の家を建てた経験から「生きるための技術こそがアート」だという考えに至り、帰国後、理想の暮らしをつくるため、空き家をDIY改修し拠点を移動しながら日本人の暮らしを調査する。2017年からは、芸術家の地域おこし協力隊として茨城県北茨城市に移住。同市が推進する「芸術によるまちづくり」に取り組み、それまでの経験をもとに築150年の古民家をはじめ4つの建物を再生した結果、地域のコミュニティーまでも再生させ、現在は現代の桃源郷をつくるプロジェクトをスタートさせている。彼らは、生きることそのものがアートになる「生活芸術」の実現を目標とし、絵画、オブジェ、建築、テキスト、映像など、手段に捕らわれることなく幅広い表現を展開している。

Q:移住のきっかけとなったことを詳細も含めて教えてください。

暮らしそのものを作品にしたいと考えて、東京ではない場所での活動を模索して、日本人のライフスタイルを調査するために国内を転々として岐阜県の古民家に滞在していたとき、友人から北茨城市が芸術家を募集していることを教えてもらったのがきっかけです。芸術家として活動できることと海のある街に暮らしたいと思っていたので興味を持ち応募しました。

Q:実際に移住してみて、現在の率直な感想を教えてください。また、移住する前と移住した現在では、仕事のうえで何が大きく変わりましたか?

地域おこし協力隊で芸術活動することに、どれだけ制約があるか心配でしたが、市の方も取り組み自体はじめてだったこともあり、自由で何事にもチャレンジさせてもらえる環境でした。市民も県北芸術祭があったおかげで芸術に理解がありました。移住する前と後では、北茨城市が芸術家として受け入れてくれたこと、同じ土地で継続して活動することで、土地に根差した活動ができるようになりました。理想の暮らしをつくることを目標に活動してきて、北茨城市に来たことである程度は実現できたように思います。おかげで北茨城市を拠点に制作して、作品を都内で販売する「アートで食べていく」というミッションも現時点ではできるようになりました。全体として仕事的にも活動として大きく成長できました。

Q:平均的な1日の流れ、仕事も含めた過ごし方を教えてください。

朝起きて、寝るまで一日中、制作しています。建築物のときは、朝から夕方まで。夜は絵を描いています。ずっとこれを繰り返しています。疲れたら休日にする感じです。

Q:移住した街で好きな場所はありますか?また、その理由も教えてください。

ギャラリー&アトリエARIGATEEをつくった北茨城市富士ケ丘(通称:揚枝方)。地域おこし協力隊の3年間の期間を通じて地域の方々と仲良くなり、それをきっかけに桜の植樹をして地域の環境をつくる計画になっています。ほとんど70代~80代のお年寄りですが、大きな家族のように助け合っています。それは大好きな場所です。
夏、海で遊ぶ長浜海岸が好きです。護岸工事などがあまりされていない自然のままの景観は美しいです。サーフィンができる場所でもあります。

Q:県北地域×クリエイターの可能性って、どんなところにあると思いますか?あれば、体験談も含めて教えていただけますか

地域活性の課題として「仕事」が必要で、クリエイターさんに仕事を発注し、それを継続できる環境を提供できるなら可能性はあると思います。ぼくの場合は、作品を販売するという仕事を自分で作っているので提供される「仕事」の割合は少なくても定住継続できています。あと、都市部と違う魅力は、作業スペースを広く提供できることだと思います。クリエイターさんのジャンルにもよりますが場所も魅力のひとつかと思います。個人的には、県北地域の古民家を発掘して、貸し出しするサービスをやれば注目度があがるかと。幸い県北地域に、まだまだ古民家が眠っているのは宝だと思います。壊されていく前にぜひ!


石渡 のりおさん情報
HP >  http://orinotawashi.com/
Facebook >  ishiwata.norio
Twitter > @NORIOISHIWATA
Instagram > Ishiwata Norio
お問い合わせ先 > norioishiwata@gmail.com / 0293-24-5231(ギャラリー&アトリエARIGATEE)


小松﨑 愛( ゲストハウスLaharおかみ・キャンドル作家)

1983年生まれ、常陸太田市出身。2005年にひたちなか市の写真館に就職。その写真館が2006年にブライダル施設を創設する際、ブライダルプランナーに抜擢され、ブライダルの勉強をしながら立ち上げを経験。その後、1店舗の立ち上げ、1店舗の再生事業に関わり、マネージャーとして従事。2014年に結婚を機に退職。夫婦の夢であるゲストハウスを見据え、キャンドル作家に転身。JCA認定キャンドルアーティストCan no Candleとして活動。2017年の11月から大子町の地域おこし協力隊となり大子町に移住。旧温泉旅館のゲストハウスへの再生事業、キャンドル作家活動を通しての地域活性化を仕事としている。2018年11月にゲストハウスLahar(ラーハ)をオープンし、おかみとキャンドル作家という二足の草鞋を履いています。

Q:移住のきっかけとなったことを詳細も含めて教えてください。

2014年からキャンドル作家活動を始めた時から、大子町でのマルシェイベント「丘の上のマルシェ」に出店させて頂いていて、その実行委員長の木村勝利さんが、ゲストハウスに向いている物件があるよと、大子町役場の方を紹介頂きました。実際に見に行って、色々な条件が理想的で夫婦で一目ぼれしました。その際大子町役場の方に、旧温泉旅館の再生事業とキャンドル作家の仕事も活かす地域おこし協力隊としてのご提案を頂きました。知り合いがたくさんいるわけでもないので、色々な繋がりを作りやすく、地域の皆さんにも受け入れてもらいやすいかな?と。実は候補地は他にもあったのですが、私の直感としてこの場所を辞めたらずっと後悔する気がしました。そんな私の直観力に主人も(半ば渋々?)乗ってくれて、私が地域おこし協力隊となり、移住することを決めました。

Q:実際に移住してみて、現在の率直な感想を教えてください。また、移住する前と移住した現在では、仕事のうえで何が大きく変わりましたか?

移住してからの方が、大子町が好きです。最初は立地やハード面で魅かれたのが正直なところでしたが、とにかく皆さん温かい。優しい。ご近所の皆さまも地域の皆さまも快く受け入れて応援してくれている感じが本当に幸せです。また、自然資源が素晴らしく、日本の四季がしっかり残っているところ、皆さんが丁寧な生活をしていることがとても好きです。私の住む場所は主要道路からも少し離れた里山であることもあり、とにかく人工的な音がしない。自分で何か音楽を掛けたりネットに繋げなければ、鳥や虫の声、自然音しかしないことで、物事をストレスなく考えたり、物づくりには集中しやすい環境です。また、自然の造形美に感動し、目の前の自然を取り入れたキャンドルを作るようになりました。

Q:平均的な1日の流れ、仕事も含めた過ごし方を教えてください。

私の場合、普通の地域おこし協力隊の仕事の時間帯とは異なります。ゲストハウスがオープンしてからの流れは、7時過ぎにフロントに座り、10時にゲストがチェックアウトしたら、客室や館内の掃除などをします。昼食後、少し休憩時間を取り、客室のベッドメイキングや予約の確認をして、15時からのチェックインタイムに備えます。その後、23時の消灯タイムまで、ゲストの送迎やチェックイン作業、ゲストと色々な会話を楽しんだり、合間にキャンドル作成作業などをします。その中で、夫婦で早番・遅番と役割を変えて、お互いの睡眠時間を確保しています。オープンから1年経つ頃、主人からの提案で、基本は主人がゲストハウス仕事をして、私はキャンドル作成などの作家活動する時間が取りやすいようにしてくれています。なので、お客様次第、自分のキャンドル作家活動の作成の忙しさによって変わるので、あまり平均的な過ごし方はしていないかもしれません。

Q:移住した街で好きな場所はありますか?また、その理由も教えてください。

実は自分が住むゲストハウスLaharが一番好きかもしれません(笑)とにかく緩やかな時間が流れていて、里山の自然が楽しめて、気持ちいいんです。あとはdaigo caféさん。建物や雰囲気がとても落ち着くし、ゴハンも美味しい。何時間でもぼーっとしていられる場所。ただ一番は働くスタッフさん。辛い時はその気持ちを吐露出来る。そして、一緒に笑ったり、泣いたり。その中で「よし!頑張ろう!」と、本当に元気を分けてもらったり、夫婦揃って、支えてもらっています。自分達もそうありたいなぁと、目標にもなる場所です。

Q:県北地域×クリエイターの可能性って、どんなところにあると思いますか?あれば、体験談も含めて教えていただけますか。

県北地域の方って、あんまり自分たちの住む場所に胸を張っている方が少ない気がします。私も地元を離れるまではそうだった気がします。嫌いとかじゃなく、住み心地は良いけど、なんとなく胸を張って「良い場所でしょ?」って言えないというか。私も大子町に移住してから、かなりの確率で「こんな何にも無いところに何で来たの!?」と聞かれていました。私が大子の良さを熱弁すると、「そう言ってもらえると、違う見方が出来るし、すごく嬉しい。本当にありがとう。」と言われることが多々あります。これって、ずっと地元に居る人には、昔からある資源や暮らしの尊さみたいなものが、当たり前すぎて見えなくなっていると思います。だけど、外からの目線で見ることで気づく素晴らしい部分って、本当にたくさんあると思います。その目線で地元の方が見落としている部分にフォーカスして、掘り起こして新しい魅せ方が出来たら、地域とクリエイター、双方に取ってwin-winになると思います。良い意味で競争相手も少ないから、唯一の存在になる可能性もあるのかなと思います。


小松崎 愛さん情報
Can no Candle
Facebook >  can.no.candle
Instagram > can.no.candle
お問い合わせ先 > can.no.candle@gmail.com

ゲストハウスLahar
HP > https://www.lahar-guesthouse.com
お問い合わせ先 > lahar.gh.2018@gmail.com / 080-9041-9055


高橋 信泉さん( Digital dish studio・ミュージシャン )

有機的なミニマリズム、実体験のアンビエンタルを演奏・作曲する音楽家、DJ。1995年17歳。ロストジェネレーション世代の体育系ギター少年は2度の単身渡米。コロラド~カリフォルニアで暮らす。ロングビーチでDJデビュー。帰国後に日本工学院音響芸術科へ進学。間も無く東京の老舗ClubAsiaで箱付きのPA/DJとしてLatin・Jazz・R&B・Electro・House・Techno・HipHopなどをプレイし生活する。並行して自身のプロジェクト「宇宙を題材にあらゆる音を昇華する」ムーブメント/レーベル”SL9-エスエルナイン”を主催。アブストラクト、トリップホップ、エレクトロニカ、クリック、IDMと称されるジャンルを牽引するDJとして活動しながら多種多様なレーベルより楽曲を発表し頭角を表す。2016年にベルリンの老舗”Scape”を主宰するPoleによるマスタリングが施された12インチバイナル「#1ep」はヨーロッパ、アメリカ、日本を中心に流通された入手困難な名盤。2017年のダンスアルバム「Cubism」はロシアダンスミュージック部門ヒットチャート年間Top10にランクイン。東日本大震災を経て生まれ故郷の茨城県主催アーティスト誘致にて回帰。海と山の街 常陸太田市の古民家を改修した宿泊型複合クラブ Ninja House Clubを設立。ゲストハウススタジオ、アートインレジデンスとして機能。家電楽器プロジェクト「Electronicos Fantasticos」ではブラウン管奏者としてフェスティバルや芸術祭へ出演。JAXA災害用衛星だいち2号の撮像で大地に絵を描くアート作品「だいちの星座 – 囁きの星」音楽担当。

Q:移住のきっかけとなったことを詳細も含めて教えてください。

子供が生まれ、東京で育てることに疑問を感じ、一旦群馬へ。そして3.11を機に、茨城県へ。戻るきっかけを常にどこかで探していたので。

Q:実際に移住してみて、現在の率直な感想を教えてください。また、移住する前と移住した現在では、仕事のうえで何が大きく変わりましたか?

色々大変でしたが、今は移住してよかったと言えます。ライブやDJ、レコーディングの仕事は一旦は減り、不安もありましたが、その他の技術(デザイン・経営)にチャレンジすることで、仕事の可能性は広がりました。現在は音楽活動も充実し、単価も上がり良い方向へ動いています。

Q:平均的な1日の流れ、仕事も含めた過ごし方を教えてください。

毎日違ったスケジュールなのでなんとも言えませんが、自宅兼スタジオ・ゲストハウスなので午前中に家の事や連絡関係、午後に人と会ったり楽器練習したり作品作ったりを深夜まで。常に子供達を意識しながらです。
月2~3週末は都内のスタジオで過ごしています。

Q:移住した街で好きな場所はありますか?また、その理由も教えてください。

常陸太田市はどこも良いです。人も街も自然も食べ物も。何するにも距離感がいいです。

Q:県北地域×クリエイターの可能性って、どんなところにあると思いますか?あれば、体験談も含めて教えていただけますか。

この質問はよく聞かれる内容ですが、正直なところ、その人次第、と言うか。
可能性で言えば、考え方の部分かとおもいます。これをサテライトとするか、都会的な流行り か興味本位か。発想重視か前衛的かどうか。
個人的に地方を選ぶことは便利依存からの脱却、即ちスローライフとはかけ離れた挑戦だったので。のどかな生活の中で作曲する自分の音楽への興味含め、全てが新しいことばかりなので。茨城県北という地域性で言えば、自宅スタジオからDoor to Doorで目黒のスタジオまで2時間。作品を制作する「クリエイター」なら時間とインスピレーションは必要不可欠だと思いますので、ストレスの少ないこの距離関係も気に入ってます。スタジオには海外からの友人やゲストがくるのですが、彼らはあえて東京の宿泊を選ばずここ に来ます。その理由は僕と同じくライフスタイルバランスを考えているからです。出演時のみ都市へ行く。他の時間はここで過ごしてます。これを書いている今も、隣にはロンドンからのダンサー、オーストラリアからの画家がいます。
メリハリ的なことを取りやすい距離かと思います。
その人次第という意味はその人が何をするかを含めたこの部分です。
 
事業家としての「クリエイター」はまた違った発想かと思いますが。


高橋 信泉さん情報
HP >  https://sl9.jp/
HP >  https://ninjahouse.club/
Twitter > @SINSENvoice
お問い合わせ先 > sinsen@live.jp


併せて、ケンポククリエイターの本音|仕事編もお読みください。

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