茨城県北クリエイティブプロジェクト

#02 弱さも希望も持ち寄って|連載:いま、どうしてますか?

新型コロナウィルスの感染拡大は、わたしたちの身の回りにさまざまな変化をもたらしました。そしてそれは、現在進行形で続いています。

歴史的にも語り継がれるであろう潮目のさなかを、人はどのように過ごし、何を思うのか。

不定期連載「いま、どうしてますか?」。茨城県北地域に暮らす、年代も生業もさまざまなみなさんの「いま」を記録します。

 

常陸太田市内に里美という地区があります。

今年の5月末に亡くなった世界的なアーティスト・クリストは、今から30年近く前、この地を「アンブレラ・プロジェクト」の舞台に選びました。清流がながれ、豊かな緑にあふれる。今も昔も、人を惹きつける不思議な魅力をもった場所のようです。

そんな里美の水を活かしたコーヒーの開発や、地域情報誌「SATOMITO」の制作、森のガイドやお試し居住など。地域の内と外をつなぐ、さまざまな事業を展開してきたのが、ポットラックフィールド里美。代表を務める岡崎靖さんも、クリストと同じく、この地に惹かれてやってきたひとりです。

緊急事態宣言が続き、外出も、人との接触も制限されるなか、わずかでも里美の空気に触れてみたい。ちょっとすがるような気持ちも抱きつつ、岡崎さんに連絡をとりました。

取材日:2020/5/22

 

――こんにちは、岡崎さん。お元気ですか?

岡崎さん(以下、岡):元気ですよ。生活はほとんど変わっていないですね。ほしいものはもともとAmazonで買っていたし、畑作業とかするときには、特に人に会うこともないし。

水戸の就労支援センターでも仕事をしているんですけど。そっちは、やっぱり人が集まるので、感染しない・させないようにしつつ、いわゆるケアをしなきゃいけない。職場でのやり方はだいぶ変わりましたね。

――暮らしは変わらず、働き方はちょっと変わった。でも、根っこから何かガラッと変わるような感じではなさそうですね。

岡:そうですね。まあ、田舎に住んでるからかもしれません。

(写真:中川晃輔)

岡:変わったことと言えば、コロナの前から月1で「SATOMI会議」っていう集まりをやってるんですけど、昨日はじめてZoomでやりました。

――これまでは、今岡崎さんがいらっしゃる、ポットラックフィールドのシェアスペースでやっていたんでしょうか。

岡:そうですね、ここで。だから今回Zoomをはじめて使う人もいて。そういう人たちは、一度このポットラックに呼んで、アプリのインストールとか設定を教えて。この場で離れて練習してみて、あとでオンラインでつないで、みたいなこともやりました。

――SATOMI会議には、どんな人たちが参加しているんですか?

岡:業種は多岐で。酒蔵の若旦那とか、有機農家の人たちとか。あとは役場の元職員。今は引退して、これからこのコミュニティをどうにか維持したいよねって人とか。そういう、いろんな思いを持っている人たちが集まって、情報交換の場みたいな感じでやってます。

一応Facebookグループもあって…(メンバー限定公開のため、画面共有で見せていただく)

――ほんとだ、いろんな方がいらっしゃいますね。投稿の内容も、ちょっとした近況報告から議論まで、さまざまな感じがします。この「豆の説明」ってなんだろう…気になる(笑)。

岡:関わり方はそれぞれでいいんです。でもこんなふうに普段から情報共有していると、何かしたいときにコラボしやすいんですよね。参加メンバーどうしで野菜とお酒を組み合わせた通信販売の商品つくるとか。

ぼく自身、ポットラックフィールドという会社を今ひとりでやってるので、SATOMI会議をはじめてからは、仲間を集めて何かする、ということがやりやすくなりました。

(写真:岡崎靖さん)

――社名の「ポットラック」って、英語で“持ち寄る”っていうような意味ですよね。SATOMI会議も、みなさんが自分の得意なこととか、もっている情報とか、いろんなものを持ち寄る場になっているように感じました。

岡:そうですね。それって、ぼくが22年前に里美に来てから、ずっとやりたいと思ってきたことでもあって。

――持ち寄ることを、したかった。

岡:合併して常陸太田市になる前は、このあたりは里美村だったんです。村社会特有のいろんな寄合(よりあい)とか、そういうのがあって。そこで話しているうちに何か出てくる、みたいなことがあったはずなのに、今ではそういう機会はほとんどなくなってしまった。

だったら、自分から持ち寄りの場所をつくりたいなと思って。そのまま会社の名前にしちゃったんです。

――この連載の初回で話を聞いた芸術家の石渡のりおさんも、「遡って考えると、希望が見出せる」とおっしゃっていました。海も山もある茨城県北のなかでも、里山の風景を色濃く残しているという点で、おふたりの住んでらっしゃる環境は似ているようにも思えます。

岡:ぼくが最近思っているのは、そこに住んでいる人たちが風景をつくっていってるよなって。いとなみがつくる風景、っていうのがあるんですよね。

――ああ、そのことも石渡さんとお話ししました。風景をフレームに収めるのが絵を描くことだとしたら、今は風景そのものをつくっていくことに興味があると。

岡:たしかに近いですね。簡単に言えば、農家さんが代掻きをして、田んぼに水がはって、ピカッと周囲の風景が映り込んできれいだとか。そういう風景は、農といういとなみがなければ生まれてこない。そういう仕事というか活動を、みんなで1からつくっていきたいなっていうことは思います。

(写真:岡崎靖さん)

岡:田んぼに手を入れる人がいなくなったら、ぼくはそこに余白が生まれたっていう捉え方をしたくて。何かこう、違うもの。彩りというか、風景をつくれるものないかなって考える。

じつは今ちょっと、スタートさせようかなと思ってるものがあるんです。

――なんでしょう?

それが薬草で。

――へえ、薬草。

岡:芍薬(しゃくやく)という花があって。根っこのほうを精神安定とかの薬に使うんですよ。漢方製剤のなかによく入ってます。

あと同じ常陸太田市内の金砂郷(かなさごう)という地区、常陸秋そばの発祥の地なんですけど、そこで薬草栽培をずっと続けてきた方がいて。その人からいろいろ教えてもらって、薬草のタネをいくつか譲り受けて、それをまたこちらで栽培して。「薬草の里」っていうと安っぽいですけど、新しい産地にしたいなと思ってるんです。

――なるほど、ご縁があったんですね。

でも、個人的には、薬草にあまり馴染みがなく。何か可能性みたいなものを感じたんですか。

岡:薬草関係の植物は、動物にとってはほとんど毒みたいなもので。手を出さないから、電気柵とか有害鳥獣対策のコストがあまりかからないんじゃないかと思って。

それに芍薬って、花もきれいなんですよ。5月いっぱいぐらいかな。

ミシマサイコっていう薬草は、かすみ草に似た形の黄色い花が咲くんです。そういう花が畑一面に咲いたら、すごくきれいだろうし。

――育てやすいし、花もきれい。知りませんでした。薬の状態からは、想像もつかないですね。

岡:あとキキョウっていう薬草。あれも根っこに咳止めの効能があって、龍角散の原料になるらしいんですよ。

しかも、キキョウの花の青って、クリストが「アンブレラ・プロジェクト」で使った傘の色とよく似ていて。これまたきれいなんです。

(写真:中野勉さん)

――わあ、そこでクリストと薬草がつながるんですね。

岡崎さん、コラムでクリストのことを書いてらっしゃいましたね。全4回の、読み応え満点の連載でした。

クリストと里美の物語と、それに続く薬草の芽吹き。これからが楽しみですね。花が咲く時期には、ぜひ里美に伺いたくなりました。

岡:荒れてしまった棚田が、青で飾られる季節がきて。それをたまたま見にくる人がいたりすれば、いらっしゃいってことで食事を出したり、交流したり、宿を提供したり。そういう生業が少しずつ生まれて、まっさらなところから風景がつくられていけばいいのかなって。

――お金を稼ぐとか、仕事をつくることって、そのぶんの何かとのトレードオフで成り立っている感じがありますよね。でも今のお話を聞く限り、薬草は産業を生み出しながら、景色をつくっていくことができる。全部、いいことしかないというか。

岡:そうなんですよね。薬効成分が揮発するから、薬草の畑のなかで作業するだけで気持ちが安らぐっていう研究結果もあるみたいで。たとえばぼくが今働いてる就労支援施設の人たちも、そういうところで作業してもらえたらいいんじゃないかな、なんて思っています。

――今、こういう状況で、人と何かを分かち合うことがしづらいなと感じていて。それは楽しいことだけでなく、不安や不満もひとりで抱えがちな気がするんです。

ただ、SATOMI会議やポットラックフィールドのように、明確な目的がなくともゆるやかに関われる場があると、とても心強いなと思いました。得意なことやアイデアを持ち寄れるだけじゃなくて、苦しいときにはセーフティーネットにもなるように感じます。

岡:ほんとそうですよね。有事っていうと大袈裟だけど、何かあったときに、いろんなことができる人がいるっていうのは、すごくありがたいというか。

(写真:岡崎靖さん)

そのことを強く感じたのは、東日本大震災のときで。このあたりの有機農家さんたちは、肥料を落ち葉に求めていたんですけど、放射能の問題とかでいろいろ困っていて。

そのときに、有機農家やそこに係る人たちの勉強会があって、大学の先生から「新しい落ち葉は影響を受けていない可能性が高い」っていう説明を聞いて。 じゃあ、古い落ち葉を山から取り除こうってことで、人手が必要になったときは、プレスの人が記事を書いてくれた。

結果100人以上の人がボランティアで集まってくれました。

やれる人が、やれることを、一つひとつ成し遂げていく。そうしたらこれだけのことができるんだっていうのは、すごく実感しましたね。

その気持ちは、今でもずっと、つながっていると思います。

 

異業種の人と関わることや、人脈をつくること。

それらがビジネスの文脈で語られることに、なんとなく違和感を抱いていました。

けれども今回岡崎さんと話してみて、「それは“現代の寄合”なんだ」と気付いてから、すっと腑に落ちた感じがします。

何はなくとも、日頃から集まって顔を合わせておくと、そこから生まれるものがある。そしていざというときには、支えにもなる。

今は対面でそれができないもどかしさもありつつ、オンラインなら遠くの人とも気軽に“持ち寄り”ができるはず。岡崎さんに見習って、ぼくも自分なりのポットラックフィールドをつくっていきたいと思います。

Text / 中川晃輔 Photo / 岡崎靖さん(一部、中川晃輔、中野勉さん)

1992年生まれ。求人サイト「日本仕事百貨」編集長。全国各地の仕事場を訪ね、働く人のストーリーやその地の暮らしを取材・編集してきた。県北クリエイティブプロジェクトでは、2018年「しごとをつくる合宿」や2019年「地域を編集するゼミ」の企画・運営を担当。https://shigoto100.com/

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