茨城県北クリエイティブプロジェクト

漢方の世界へのパスポート。「女性のための漢方はじめてBOOK」ができるまで。

きっかけワークは、茨城県北地域と人をつなぐ「仕事」を紹介するコーナーです。

でも、いわゆる求人のイメージとはちょっと違います。紹介しているのは、「このプロジェクトで力を借りたい」とか、「こんなことできる人います?」といった、正社員未満の募集ばかり。まず関わってみる、そのきっかけをつくりたいという考えからはじまりました。

これまでにも鍛冶屋さんの弟子やカフェのオーナー後継者募集、地酒のラベルデザインなど、さまざまな仕事を紹介してきたきっかけワーク。このコラムでは、実際にマッチングに至った方々の“その後”をたどります。


(写真提供:山根晋さん)

今回話を聞いたのは、常陸多賀駅から徒歩2分に位置する池上薬局の4代目、池上靖人さん。そして、神奈川県横浜市在住のフリーランスデザイナー上原あさみさんです。

2018年のきっかけワークを通じて出会ったおふたり。その内容は、女性向け漢方ハンドブックをつくるというものでした。

女性の妊娠・出産やホルモンバランスの変化にともなう心身の不調には、じつは漢方が効果的なんだそうです。より多くの人に、漢方を身近に感じてもらいたい。そんな池上さんの想いから、およそ2年間におよぶプロジェクトは動き出しました。

デザイナーの上原さん自身の出産や、長く勤めた会社からの独立、そしてコロナ禍。さまざまな出来事を経て完成した「女性のための漢方はじめてBOOK」のストーリーをお届けします。

取材日:2021/1/12

 

――池上さんの後ろに映っているのは、薬の棚でしょうか。

池上:ですね。お店を開けながらなので、時々抜けるかもしれません。

――はい、もちろん遠慮なさらず。最近お店は、どうですか? コロナ禍のなかで。

池上:客数は減っています。風邪薬とか、一般に売られているようなお薬はあまり動いていなくて、逆に漢方とか、免疫系を上げるものが動いている印象ですね。

――なるほど。出歩く機会が減って風邪はあまり引かないけれど、免疫力は高めておきたい。それはやっぱり、新型コロナウィルスに対する不安が影響しているんでしょうか。

池上:その印象はあります。通院時の感染リスクもあるので、病院さんも、普段は14日分のお薬を出していたところ、90日分出して「お薬がなくなったらまた来てくださいね」っていう形にしていて。先生に会えないから、患者さんも不安を感じるんだと思うんです。

なのでうちは、「病院を控えていて血圧が上がっちゃった、漢方でなんとかならないか」っていうような方に対処していきたいなと思っています。

――以前のインタビューでも、“まちの健康相談所でありたい”とお話しされていましたね。漢方の専門家でありながら、気軽に相談できる地域のお兄ちゃんでもありたい、と。

池上:そのときのインタビューがきっかけで、「冊子をつくったらどうか」という話になったんです。漢方を一歩身近に感じてもらえるような、何かツールがあるといいよねって。

――そこからきっかけワークが立ち上がって。応募されたのが、上原さん。

上原:はい、そうです。たまたまサイトで見つけて。

――もともとのお仕事はどんなことを?

上原:書籍や雑誌、あとはチラシとか会社案内。そういった紙ものをレイアウトする仕事が中心ですね。新卒からデザイン会社に10年勤めて、2年前に独立してフリーランスになり。今も紙ものをメインにお仕事しています。

――じゃあ、今回の冊子づくりもその延長で。

上原:最初はライターさんと一緒につくる予定でしたが、ご事情によりわたし一人で担当させていただくことになって。

そうは言っても、わたしはデザインが専門なので、新たにプロの力を集めてつくることも考えました。ただ、いいものはできても、お金がかかりすぎてしまう。もし自分が池上さんの立場だとして、本当にやりたいことは何かな?って考えて。

わたしがまるっとやります、と。文章を書き、構成をつくって、イラストも描きます。きっと時間はかかるし、わたしにとってもチャレンジなので、これぐらいの予算でどうでしょうか、と提案して。それでやってみましょう、っていうような流れでしたよね? たしか。

池上:そんな感じですね。ぼくが冊子をつくるにあたって一番心配していたのは、薬機法っていう法律に関わる部分で。表記には注意してね、と思っていたんですけど、上原さんは全然大丈夫でしたよ。

上原:あ、本当ですか。それはうれしいです。

――その薬機法というのは、どのような。

池上:わかりやすく言えば、「ガンに効きます」とか、そういった医学的根拠のない表記をしてはいけないというものですね。いろんな制限があるんです。

それを踏まえて自分でお店のポップなんかを描くと、どうしても堅苦しくなってしまう。だから、上原さんから送られてくるものを見て、「そうそう、こういうこと!」って。斬新な言葉の使い方に、ドキドキしながらも楽しかったです。

――池上さんが「そうそう」と感じたのは、たとえばどのあたりでしょう?

池上:ぼくが好きなのが、「毎日の食事のごとく飲みましょう」っていうところ。そうなんですよ! 「1日3回、毎食前に飲んでくださいね」って説明されるのと、印象が全然違うじゃないですか。そこはまさに、ああ、そういうふうに言えばいいのねって。

池上:あとは、セルフチェックシートもあって。

――この右側の、問診票のような部分。自分でチェックをつけていくんですね。

「疲れやすい、倦怠感がある」のように、よく見かけるものもあれば、「お風呂はシャワーで済ませている」「夕食のメニューが一番豪華」とか、見慣れない項目もあります。

池上:漢方では、症状というよりその人を診るので、全体像を掴む必要があるんです。上原さんから「何を聞きたいですか?」って言われたときに、「いや、全部聞きたい」って(笑)。

それだと枠に収まらないから、うまく表現やレイアウトを調整して、最終的には全部入れてくれて。結構苦労したんじゃないかな。

上原:文章やイラストをがっつりやらせてもらうのははじめてでしたし、漢方のことも1から勉強して。何をやるにも、これで大丈夫かな?と思いながら進めていました。

池上:じつは上原さんとぼくって、2回ぐらいしか会っていないですよね?

上原:そうですね。あとはほぼほぼメールで。

――そうか、上原さんは横浜のほうにお住まいなんですもんね。

はじめての試みであるうえに、リモートで進めていくのって、大変ではなかったですか。

上原:すべてが試行錯誤ですよね。

結局、完成まで2年ほどかかってしまったんですが、それもずーっと動いていたわけではなくて。仕事がいそがしいときや、出産前のつわりの時期も、辛抱強く待っていただいたというのが正直なところです。

わたしは、池上さんのメールの言葉がうれしくて。「ここがいいですね」とか、「待ってました!」とか。本当に些細なことかもしれないですけど、そういう小さな積み重ねに支えられました。

池上:“2年もかかった”って感じるかもしれないですけど、ぼくとしては“ゆっくりなキャッチボールをしながらつくれた”という感じですかね。ぼくも上原さんに言いたいことを考える時間をたっぷりもてたし、上原さんも自分のペースで応えてくれる。じっくり時間をかけて、納得のいくものがつくれたと思います。


(写真提供:上原あさみさん)

――今のところはお店で、無料で配布しているそうで。反響はどうですか。手にとった方の感想とか。

池上:妹にもあげたいからもう一部くださいって言われたり、イラストがかわいいので、奥さんに持って帰りたいという人がいたり。セルフチェックシートも、ぼくが聞きたいポイントを押さえてくれているので、書いてきてもらえるとすごく便利です。処方への流れがスムーズになって。

本当はまちのいろんなところに置いてもらいたいんですが、コロナ禍が落ち着くまではやめておこうっていうことで。入浴剤とぼくの書いた字を添えて、名刺がわりに渡すことも多いですね。

――折り畳むと片手に収まるぐらいの大きさになるのも、ちょうどいいですよね。漢方に馴染みのない人でも、このサイズ感なら手にとって読んでみようかな、と思えそうです。

――上原さんは、今回のハンドブックをつくってみて、どうでした?

上原:自分で全部やってみて、イラストレーターさんやライターさんの大変さがわかったというか。すごいなと思いました。「こうしてください」とか、今まで当たり前のように指示を出していたけど、すみませんでしたって(笑)。

あとは、プレスリリースもはじめて出しました。いくつかのメディアに、手書きの手紙を添えてご連絡して。直接手渡しするのがむずかしい状況のなか、つくったものをどう届けていったらいいのか。そこまで提案できるようになれたらいいなっていうのは、今回勉強になりましたね。

――漢方に関しても、だいぶ詳しくなったのでは。

上原:いや、ものすごく奥が深いので。似たような症状でも、体質や体型によって、処方がまったく違うんです。漢方は、症状じゃなくて人を診るんだっていうことが、今回一番感じた部分ですね。

自宅から遠いので、まだ実現していないんですけど。一度池上さんに診ていただきたいなと思っています。

――池上さんはこれまでも無料の漢方相談を行っていたと思うのですが、それってオンラインではできないものなんでしょうか。

池上:基本的にはむずかしいと思います。

たとえば…(舌を出して)これ、何色に見えますか?と聞かれても、正確に判別できないですよね。肌がしっとりしてるか、カサカサなのか、とか。そこがわからないと、「試しにこれ飲んでみて、よかったら続けてみてください」ぐらいのことしか言えません。

実際にやっている人もいますけど、ぼくにはちょっとむずかしい。

――なるほど。離れていても冊子はつくれるけれど、漢方の処方はむずかしい。できること・できないことがあるのは、ものづくりにも漢方にも、共通して言えることかもしれませんね。


(写真提供:山根晋さん)

上原:わたしは、地域には信念や志を持って活動している方がすごくたくさんいるんだなということを、この2年のあいだに感じていて。

10年勤めた前の職場も、仕事はとてもおもしろかったし、人にも恵まれていたんです。でも、誰のため、なんのためにデザインしているんだろう?っていう問いに対して、答えを出せないまま、ずっと仕事をしていて。

今回冊子をつくらせていただいたことで、リアルにやりがいを感じたというか。人にためになっている、と言ったらおこがましいですけど、池上さんのような方たちと一緒に何かつくることを、これからもしていきたいと思えたんです。

そのためには、自分のなかの常識とか、ここまでしかやれませんっていう枠を取り外して、いろいろ挑戦していくことが大事なんだと思います。会社にいたら、丸ごとひとりで全部をやるなんて考えられなかったですけど、そういうこともどんどんやってみようって。

池上:それはぼくたち、地域で事業を営む側にもきっと言えることですね。今回やってみて、クリエイターさんって本当にすごいなと思って。一緒につくっていく過程で、すごく刺激をもらえたんです。

だから、もっと頼っていいんだなって。こんなもんでいいかなとか、心のうちを見せないようにとか、そういう奥ゆかしさがあるともったいない。やりたいことは、まず全部伝える。そこにクリエイターさんの発想やアイデアが組み合わされば、これから県北でもっとおもしろいことが起きていくんじゃないかなって、そんなふうに思いましたね。

 

池上薬局の看板には、こんな言葉が書いてあるそうです。

「治りたい心と治したい心」


(写真提供:山根晋さん)

医療者と患者の関係を表した言葉だと思うのですが、これはクリエイターと地域の事業者の関係にも置き換えて読むことができるよな、と感じました。

どちらか一方の想いだけでは叶わないし、お金やスキルを差し出すだけでも、本当に状況を変えていくことはできない。実現したいこと、そのために必要だと思っていること。そんな心のうちをお互いに伝え合うところから、いいものは生まれるのかもしれません。

池上薬局さんでは、無料の漢方相談を行っています。予約制のため、事前に電話か来店のうえ、ご予約ください。(コロナ禍の動向を見つつ、無理のない範囲でお願いします)

HP https://ikegami-japan.com
住所 / 日立市千石町1-3-3
電話 / 0294-33-0107
営業時間 / 10時~18時
店休日 / 毎週日曜・祝日

また、上原さんはご夫婦でデザインチーム「sukku」として活動されています。何か一緒につくりたいという県北の事業者さんは、まずはご連絡してみてください。

HP https://sukku-design.com/

そして、「女性のための漢方はじめてBOOK」も、ぜひ多くの方に手に取っていただけたらと思っています。うちにも置かせてほしい!という方がいらっしゃれば、こちらもぜひ池上薬局さんへお問い合わせください。

文・写真 中川晃輔(一部、山根晋さん、上原あさみさん提供)

Topへ