茨城県北クリエイティブプロジェクト

地域おこしじゃなくて、社会実験。「何かはある」がはじまる。

この1年は、いつにも増して「判断する」瞬間が多かったように思います。

何かを、やっていいのか、だめなのか。それは、“人を集めるイベントが開催できるかどうか?”という大がかりな考えごとから、“今、外を出歩いていいのだろうか?”といった、ごく日常的な行動におよぶ心配ごとまで。毎日のように、自分をモニタリングしながら暮らしているような感覚が、いまだにあります。

地域に愛されてきたお店が閉まるとか、心血注いで準備を進めてきた催しがなくなる、とか。何かを「やめる」という判断を、勇気をもって下す人たちがいる。その一方で、「やめない」という判断を下すにも、勇気がいる。

それまでやってきたことを思えば、不完全かもしれないけれど、それでも「やる」。人をむやみに脅かさない方法、今できる最良のやり方で、なるべく楽しみながら。

そんなふうに「続ける」ことを心に決めた方に、話を聞きました。

『メゾン・ケンポクの何かはある2021』。そんな、ちょっと変わった名前のアートイベントを主催しているのが、写真家・美術家で、茨城県北地域おこし協力隊の松本美枝子さんです。

茨城県北芸術祭に招聘されて以来、2015年から日立市を中心にリサーチを重ねてきた松本さん。2018年10月に協力隊に着任すると、常陸太田市のまちを見下ろす大きな旧料亭を「メゾン・ケンポク」と名づけ、美学に関する論文や書籍を紐解いていく有志の読書会を開いたり、土地の歴史や文化をもとにした作品を制作・展示したり。もうひとりの協力隊である日坂奈央さんとともに、地域に開かれたアートの拠点づくりに取り組んできました。

過去にはこのウェブマガジンで『海と山の間を歩く』という連載を持たれていて、これまたおもしろいのです。登場するのは、地層や気象、暮らしや文化など、この土地に積み重なってきたものと、それに携わる人たち。松本さんの視点を借りて、それらに触れながら旅するうちに、自分の目でもまちを見直したくなるような。読み応えのある連載でした。

今回、昨年に続いて2回目となる『何かはある』のテーマは、“記憶を頼りに進む”。オンラインのプログラムもあるようですが、一体どんなイベントになるのか。現地で予定していたインタビューの直前に緊急事態宣言が発令されたため、Zoomをつないで話を聞きました。

取材日:2021/1/13

 


写真家・美術家の松本美枝子さん

――松本さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします。

松本:はい、よろしくお願いします。

――今、そちらの場所は…

松本:メゾン・ケンポクですね。料亭だった建物で、ここは3階の宴会場。70帖くらいあります。窓の外には常陸太田のまちなみを一望できるんです。

見えますかね?(と言って、画面を外に向けてくれる松本さん)

――見えます、見えます! すごい、いい眺めですね。

松本:昔は華やかなまちだったみたいで。今はちょっと寂れていますけど、一等地だったようです。ぜひ、緊急事態宣言が明けて落ち着いたら、遊びにいらしてください。


メゾン・ケンポクの大広間からは常陸太田のまちが見渡せる(写真提供:松本美枝子さん)

――こんな状況ですけど、今年も『何かはある』を開催する、と伺いました。準備は、どんな具合ですか?

松本:ひとまずできることとして、完全事前予約制に切り替えました。展示については、20日を過ぎないと(※)まだなんともいえないですね。

ただ、いつでも開けられるようにしておこうと思って、設営は12日前までにピシッと終わらせました。自分でもこんなのはじめてで。いつも1時間前とかまで作品をつくっているんですけど、やる気になれば早めに終わるんだなって。

※ 当時、茨城県は1/20(水)まで独自の外出自粛要請を出していた。その後さらに緊急事態宣言が発令されたため、展示は一時休止。2/23(火)から全面的に再開、3/14(日)まで会期を延長した。(3/2現在。最新の詳細はWebサイトまで)

――オンラインのプログラムもあるんですね。

松本:昨年の時点で、「来年やるとしたらどうしようか?」ということは真剣に考えていました。ちょうど会期中にコロナの影響が広がりはじめたので。

最初に考えたのは、Web上のプラットフォームをきちんとつくっておこうと。今回、展示が一切できなくなったときのことを考えて、わたしの作品はWebと双方向で展開(※)する形をとっているんですね。

読書会のプログラム(サマセット・モームの『月と6ペンス』を読む)は、当初からオンライン想定で組んでいて。ワークショップも、最悪オンラインに切り替えられる形にしています。

※1/22(金)より特設サイトが公開された。

――もちろん、本来であれば、現地で見て聞いて触れて、感じられることこそ、アートイベントの理想ですよね。みなさんは、形を変えてでも、続けることを選ばれた。

松本:70点でもいいから、どうしたら残せるか、続けられるかをすごく考えましたね。「やらない」という選択肢だけはとらないようにしよう、って。


日立シビックセンターでの設営の様子(写真提供:松本美枝子さん)

――今回の “記憶を頼りに進む”というテーマについても、お聞きしたいです。

松本:記憶と一言でいっても、その内容はさまざまです。もうひとりの協力隊の日坂さんは、ここでの生活の記憶をもとにお洋服をつくったりしているし、地域の記憶をたどっていくようなワークショップもある。

わたしは、「小さなミエコたちのはなし」というタイトルで、映像の作品をつくりました。現実の展示空間(※)とWebの双方向で展開していこうと思っていて。

※日立市視聴覚センターにて、事前予約制。(3/2現在)

――特設サイトには、“日立の町に住む人々と話し、町を歩きながら、75年前の社会について考える”とあります。

松本:まずは、作品を観てもらいましょうか。

 

〜ここで展示会場と画面をつなぐ。暗幕で仕切られた空間に映し出される映像、音。およそ14分間。〜

 

――…はい。

ありがとうございました。そうか、75年前の社会。ちょうど終戦前後のことですね。

松本:日立って、じつは4回も空襲なり、波状攻撃を受けていて。地方の小都市で、ここまで攻撃を受けているのは、すごく珍しいんですよね。それはなんでかっていうと、軍需都市だったから。

――へえ。知りませんでした。

松本:あまり知られていないんです。そういう日立の暗い歴史や記憶も、きちんと検証して作品をつくりたいなと思っていて。

最初は、オンラインで資料を並べて見せるような、客観的な作品にしようと思っていました。だけど、町の人に話を聞いていくなかで、あまりにも自分の心に刺さるインタビューがとれたので、急遽映画みたいな作品をつくろうかって。


75年前に日立市に降り注いだ、艦砲射撃の砲弾破片の実物(所蔵:日立市郷土博物館)

――少し話は変わるかもしれませんが、アーティストとして、松本さんが何かをつくるうえでの軸みたいなものって、変わらずあるものですか。

松本:その時々で、結構変わっていると思います。写真をはじめた20代のころは、プライベートや感情をテーマに、「日常」を写真で立ち表していくっていう。わりと想像しやすい作品をつくっていたんですよね。

それから大人になるにつれ、自分の内面だけで何かをつくることと、決別しないといけないときがくる。社会や世界に目を向けて。それでわたしは、地質学だったり、気象だったり、環境問題だったり、人間や動物の移動なんかをテーマに、作品をつくっていたんです。ここ5年くらい。

どれもすごくおもしろかったんですけど、地域おこし協力隊になってから、ずっと取り組みたいと思っていたのが、いわゆるダークツーリズムで。

“地域おこし”っていうと、地域のいいところにだけ目を向けて、仕事や作品をつくっていくことが多いと思います。でもそうじゃなくて、社会や地域が抱える闇とか、負の遺産をきちんと見せて検証していく。そこからものをつくる、考えるっていうことを、ずっとやりたかったんですよね。

――海外だと、チェルノブイリ原発やナチスドイツの強制収容所、ルワンダの虐殺記念館など、過去の戦争や災害、事故などの記憶と旅が結びついた場所が多くありますよね。国内でも、広島や沖縄にはそういった考え方が根づいているようにも感じます。

一方で日立のように、あまり知られないまま、埋もれてしまっていることもある。単純に“観光資源”にするのはよくないけれど、まず光を当てていくことが大事なのかもしれませんね。

松本:アートがやるべきは、社会そのものを変えることじゃなくて。社会の問題なり、そこにある何かを提示させることだけが、アートの仕事だから。

わたしがやっていることは、地域おこしというよりも、社会実験だと思うんです。

――社会実験。

松本:たとえば、メゾン・ケンポクでひらいている読書会では、芸術や美学に関連する書籍や論文を読んで議論します。かなりニッチな内容ではあるけれど、おもしろい人たちが集まってきてくれて。今回の『何かはある』でも、運営側に回って一緒に企画をつくる、大事な仲間になっています。

先鋭的な作品をつくるだけではうまく拡がらないこともあるし、市民ボランティアのやりがい搾取みたいになるのも嫌で。自主的に人が集まって、一緒に考えたり、何かつくったりする活動を生んでいけたら、それはひとつのロールモデルにもなると思うんです。


美学の論文を講読する自主的な研究会「メゾン・ケンポクの読書会」の様子。今年度は文学者の西野由希子茨城大学教授(右から3人目)が、アドバイザーとして参加。(写真提供:松本美枝子さん)

 

さて、ここからは、今年の『何かはある』を一緒につくっているおふたりにも話の輪に加わってもらうことに。

映画監督の鈴木洋平さんと、制作の立場からイベント全体を裏で支えている佐々木恭子さんです。

松本さんがおふたりを紹介してくれました。

松本:洋平さんは、2014年につくった『丸』っていう映画がロッテルダム映画祭に招待されたり、ニューヨークの「ニュー・ディレクターズ/ニュー・フィルムズ」っていう、若手の才能を発掘する映画祭に選出されたり、欧米で先に評価を受けて。短編もいくつかつくっていて、2年前の『YEAH』っていう作品が、これもロッテルダムに招待されたりとか。日立市出身で水戸在住の方です。日本よりも海外が評価する男(笑)。

今回は『骨格』という短編映画を一緒に撮りました。コロナ下ということで、女優さんと助監督だけ東京から来てもらって、あとは県内の人だけで撮るっていうことに挑戦して。


映画監督の鈴木洋平さん

松本:恭子さんは、最初はワークショップの参加者だったんですけど、住まいが日立だし近いからって言って、そのうちいろいろなことを手伝ってくれるようになって。

お手伝いの天才なんですよ。恭子さんがいてくれると、現場がすごくうまく回るんです。今回はプロジェクトチームの一員として、洋平さんとつくった映画の制作だったり、わたしの作品のリサーチに入ってもらったり、展示やワークショップは事前予約制にしたので、その返信や管理、Webサイトの運営も、ほとんど恭子さんがやってくれています。

――すごい、大活躍ですね。

佐々木:わたしのなかでは、お手伝いとかボランティアっていう感覚じゃないんです。自分の興味のあるところにお邪魔して、楽しみながら何かやるっていう。だから、どういう部分をそんなに喜んでもらえているのか、自分でもわからない。ただ楽しいな、っていう感覚なので。


メゾン・ケンポクの活動を支える佐々木恭子さん

鈴木:撮影のときは、コーヒーとか淹れてもらえるのがうれしかったな。気配り、みたいなもの。それがリラックスにつながるというか。

松本:クリエイティブの現場ってピリピリするときがある。わたし、結構テンパってくるとピリピリしちゃうんですけど、恭子さんはピリピリしない雰囲気をつくるのがすごく上手で。

あとはメゾン・ケンポクにいたとき、こんな大きなムカデが天井から降ってきたことがあって。わたしは逃げちゃったんだけど、恭子さんがトングを持ってきて、ひょいって拾ってくれて。平気よ、トングも洗えばまた使えるわよ、みたいなたくましさもあるし。

何事にも動じず、体力も惜しまないっていうタイプ。口で言うのは簡単だけど、それができる人ってすごく少ない。だからすごいと思いますね。現場に恭子さんがいるといないとでは、全然違います。

――そんな頼もしいメンバーが揃って、短編の映画作品ができあがったと。

とはいえ、映画を専門にやってきたのは洋平さんだけだったんですよね?

鈴木:ここ、大事な部分で、うまく伝えたいんだけど。今回、作品のテーマとは別に、地域のなかで映画のチームをつくりたいっていう想いが、自分にとっての大きなモチベーションになっていて。

――「何をつくるか」だけでなく、「誰と、どうつくるか」の挑戦でもあった。

鈴木:映画制作の経験のある人を地域内で集めようと思っても、正直むずかしいんですよね。去年はコロナでロケ場所や人数、予算も限られたなかで、できることを考えて。松本さんや恭子さん、写真家の山野井咲里さん(※)と一緒に作品をつくれたっていうのは、ひとつ手応えとして感じました。

※山野井さんも、過去に本ウェブマガジンで執筆されている。記事はこちらから読める。

松本:山野井さんにスチールを頼んで、わたしが動画を撮り、照明はふたりの知識をフル活用して。映画をつくるのははじめてだったんですけど、その過程がすごくおもしろかったんですよね。

鈴木:“いわゆる映画制作のやり方みたいなものがあって、専門の技術者がいなければつくれない”って思われがちだけど、そんなことはなくて。

それぞれ、何かしらの人生経験がありますよね。その身近な経験を手繰り寄せつつ、考えたり、見たり聴いたり、一から積み重ねていけば、映画はつくれる。コミュニケーションの延長としての映画製作というか。ひとつの仕事をみんなでやることの楽しさ、可能性を感じました。

松本:これからシリーズ化しようっていう話もしていて。女優の一人芝居の短編を、茨城で。この4人+αのチームで撮っていこうって。


短編映画「骨格」の撮影の様子(監督:鈴木洋平、撮影・共同プロデューサー:松本美枝子)

――コロナ禍を通じて、「不要不急」という言葉が一時期よく使われましたよね。

それで、アートや創作を「不要不急」とみなす人もいると思うんです。趣味や道楽と何が違うんだ、という考え方も、きっとある。

たしかに、直接的に命を救う医療や、体を動かすのに必要な食なんかと違って、目の前のことにすぐ役立つものではないかもしれません。でも、いつか観た絵画や写真、どこかで聴いた音楽、劇のセリフや本の一節。そういったものが、ふとした瞬間に心の支えになる経験って、必ずしもアーティストと呼ばれる人に限ったものではないですよね。

今回お話を伺って、こんなときだからこそ、アートに触れたい気持ちがむくむくと湧いてきました。

佐々木:うまく言えないですけど、メゾン・ケンポクっていう場所が、自分の心の拠り所になっていて。そこにはいつも誰かがいて、おもしろいことをやっている。ちょっと行ってみようって思える場所が、身近にあるのはいいなって思うんです。

今回の『何かはある』も、来てほしい気持ちはあるけれど、素直にアナウンスできないのがもどかしい。

松本:そうですね。無理のない参加をお願いしたいなと。地域の方は、安全を十分に確保して来てくれたらいいし、難しい方はオンラインのプログラムもいくつかあります。もうひとりの協力隊の日坂さんは、ラフォーレ原宿でも展示をするので、東京の方もぜひ安全を十分に確認して行ってもらいたい。

個人的には、地域の人に作品を見てもらって、あらためて自分たちの住んでいる地域を見直す機会にしてもらいたいですね。

アートって間口が広くて、どんな人でも体験できるし、体験することで、違う世界の扉を開くことができるもの。食べものやお金と同じくらい、人類にとって必要なものだと思っていて。

それを少しでも感じてもらえるきっかけになったらと思います。

文・中川晃輔 写真・松本美枝子さん(一部、中川撮影)

『何かはある』は、2/23(火)に全プログラムを再開。3/14(日)まで開催しています。(3/2 現在)。

最新の詳細はメゾンケンポクのWebサイトをご覧ください。

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