茨城県北クリエイティブプロジェクト

「里山をリ・クリエートする」 人と自然が共生するくらしを守り、伝える(まったり~村の小さな農園 北山弘長・郷子夫妻-常陸太田市)

風にゆれる木々の葉の音に、胸いっぱいに吸い込みたくなる空気。
足の裏には、柔らかい草や小枝、石の感触が伝わる。
太陽を遮るビルもなく、地表からはじわじわと熱が上がってくる。
ぐるりと山に囲まれた里山に、人と自然が共生するくらしを守り、伝えようとする人がいる。
北山弘長さん・郷子さん夫妻だ。
2006年に常陸太田市里美地区に移住し、現在、築300年の古民家で有機農業や農家民泊を営んでいる。
それぞれ、アメリカやヨーロッパ、東京で働いていたという弘長さんと郷子さん。都心を離れた茨城の里美地区を選び15年。里山でのくらしを通して感じた魅力やこれからについて、その思いを聞いた。

文・写真=高木真矢子
取材:2021/4/27

里美地区で始めた新しいくらし

―北山さんの手がけている事業について教えてください。

郷子:「まったり~村の小さな農園」という屋号で農業と養鶏、農家民泊「里山reトリート響」、地大豆を使った豆腐工房で手作りの豆腐づくりをしています。
「まったり~村の小さな農園」では、産卵鶏400羽、在来種の豆17種類前後を栽培し、山菜類などの多年植物を活かしながら里山を整備しています。
農家民泊「里山reトリート響」では、インバウンドの方や小中学生などにまったり~村のくらしを体験しながら宿泊してもらう教育民泊の受け入れや、自炊宿泊施設、イベントスペースとしての提供もしています。(現在は新型コロナにより一般の宿泊を休止中)地元の方から引き継いだ工房「地大豆 豆腐工房」では、自農園で栽培した地大豆「金砂郷在来青大豆」(常陸太田市で古くから作られてきた品種)100%の豆腐を週に1回、手作業で作っています。卵や豆、豆腐等は「道の駅ひたちおおた」をはじめ、月に1回の常陸太田市役所駐車場で行われる常陸太田市朝市や個人への配達・発送も行っています。

―お二人は以前まで、都内などでお仕事をされていたと伺いました。なぜ里美地区に移住されたのでしょうか?

弘長:前職に就いていた時に「パーマカルチャー」(*1)という学問に出合い、2005年の合宿で郷子とも知り合いました。私は古河市の出身なのですが、アメリカやヨーロッパで仕事をする中で、持続可能なくらしのあり方や自然と密着している生活や教育を目の当たりにして、一次産業がしたいと思うようになりました。また日本に帰ってきて都会の生活に違和感があったんですよね。ゆくゆくは茨城近郊でくらしたいという思いもあり、栃木県なども含めて、いろいろな地域を見て回ったのですが、景観の美しさと人の好さに惹かれ、里美が好きになりました。また、すでに多くの先輩農家さんが移住して、生活情報や農業知識を教えて頂けたのも決め手になりました。

―そうだったんですね。郷子さんも一緒に移住されたんでしょうか?

弘長:いえ、2006年に、知人のつてで里美に移住して農業を始めた時はまだ私だけでした。当初、郷子は仲間と農業を手伝いにきていたのですが、その後結婚し、一緒に里美で農業に取り組むようになりました。

「よそ者」を受け入れる文化 

郷子:農業については素人だったので、農業の先輩や地域のおばあちゃんたちに助けてもらいました。

―農業の先輩や地域のおばあちゃんですか?

郷子:ええ。里美地区には「木の里(このさと)農園」を経営する伝説の有機農家の先輩がいるんですが、その方がちゃんと地域の中で有機農業によって生活できる様(さま)を見せていたこともあって、よそ者でも受け入れる雰囲気があったのかなと思います。
里美の方たちからは、それこそ、田んぼの水を入れる前には温めるとか、古い農機具の使い方だとかも教えてもらいました。今、うちで栽培している小豆の種(娘来た)を頂いたのも近所のおばあちゃんなんですよ。うちで飼っているヤギにエサを持ってきてくれたり、うちにお客さんが来た時に私たちが留守にしていれば「うちでお茶飲んで待ってなさい」とおばあちゃんの家でお茶を出して対応してくれたり・・・。
元々、この辺りは林業が盛んで他の地域から出稼ぎに来ていた人が多かったというのも背景にあるかもしれません。

弘長:こういった人と人との関係性や環境に日本の原風景を見た気がしました。

農業単体だけでなく、くらしとセットに

―今では珍しいご近所の関係性ですね。地域の中にそういった「よそ者」を受け入れる文化があるのは素敵です。ちなみに、元から養鶏と農業からのスタートだったのでしょうか?

弘長:今の家に越してくる前は常陸太田市内の小妻(こづま)町というところに住んでいて、私たちの前に就農していた方から鶏3羽と鶏舎を引き継いでのスタートでした。今は、辞めてしまったんですが、複数の野菜を詰め合わせた「野菜セット」を作って販売していました。

郷子:ありがたいことにお客様も増えてきて、鶏の数も多くなると、養鶏と野菜セットの両立がだんだん難しくなってきました。また、畑で野菜を必死になって栽培している一方で、裏山では梅や柿や栗、山菜など、自然の恵みを自分たちの生活で活かしきれていないことに違和感を感じてしまって。

―今は卵と豆と山菜類を育てていらっしゃるんですね。

弘長:中山間地域ならではのことをしたいなと。豆は、「よみがえりのレシピ」という在来作物と種を継ぐ人たちの映画がきっかけですね。映画で在来作物を知って、ここ(里美地区)に越してきた時に近所のおばあちゃんに色々な珍しい豆の種をもらったというのもあります。

郷子:野菜類は毎年畑を耕し、種を蒔いて収穫しますが、山菜類は適切なケアをしてあげれば毎年収穫できる。でも、それを販売していくというよりは、「くらし」とセットにすることが良いのではないかと思いました。運営する民泊の屋号「里山reトリート響」の「リトリート」とは「休息する場所」などの意味がありますが、「reトリート」とすることで、里山を「re」繰り返し「トリート」手入れする、「re」繰り返し「トリート」ごちそうを頂く、などの意味を勝手に持たせてみました。裏山の落ち葉も木の枝も、何一つムダはありません。朽ちたものは肥料になり、年を経ることに、豊かに実りが増えていきます。ウド、フキ、葉ワサビにクレソン。繰り返し与えては与えられて、お互いが活かされあっています。豊かさが拡がっていくことかなと思っています。「郷」という文字の由来は「人と人とが食事を囲む」という象形文字からきているそうです。そこに里山ならではの美しい自然の音を加えて「響」にしてあります。盛り沢山です。

自然豊かな茨城県北だからできること

―茨城県北だからこそ、という可能性はありますか?

郷子:私たちが暮らす里美の景観は、家族と共に成長していった先祖代々の庭を、一軒一軒そこに住む人たちが手入れして成り立っているものだと思います。どこか1か所だけが美しいのではなく、地域全体が美しく、愛されている地域だと思っています。子どもや動物、花や草木を好きな人が多く、受け入れの幅が広く感じます。

郷子:「家庭」は「家」と「庭」があって「家庭」と言うそうです。人は自然の一部。自然と共に暮らすことで、たくさんのことを学ぶことができると思います。例えば、草は踏まれても翌日には太陽に向かってまた這い上がって伸びるとか、枝が折れても膜をつくってけがを治すとか。
この地域では、近隣の小中学校の宿泊体験受け入れもしていますが、子どもたちの中には、「朝ごはんは食べない」とか「普段は菓子パンだけ」「一人で食事をしている」という子も少なくありません。農作業体験などを通してふれあい、別れ際に涙する子どもたちの姿などを見ると、(里美地区は)いろんなことを学べるとてもよい場所なのではないかと思います。

豊かさの発信と里山のリ・クリエート

―今年度、2030年に何をしていたいか、どうなっていたいか、統一テーマとしてお聞きしています。2030年に向けて、お二人が目指すことはありますか?

弘長:里山を「リ・クリエート」したいですね。里山は、先人たちが時間をかけて、人と自然とが一緒に共存できるようデザインされた空間です。人がくらしていくのに必要なものが、効率的に配置されています。そのものを活かして礼節をもって使うと、いつまででも繰り返し使うことができます。
次の世代の人たちが喜んでもらえるよう、景観や環境を整え里山を再び活かしていければと思います。

郷子:(夫)自身が「活きた民俗資料館」のようなものをやりたいというのもあるんですが、農業者として生活していながら、肩書きとしてピンと来なくて。(夫は)昔の人が使っていた古い機械や人力で動く道具を集めて修理して使ったり、土手の薮を整備している時に昔の石垣を見つけて感化されて石積みにはまったり、呼ばれて行ったら田んぼを耕すのにカエルの卵がいっぱいあるから水路に移してあげて欲しい、なんて言われたりして。(笑)じゃあ、「里山クリエーター」かななんて話をしたら「クリエート」は先人がしてくれたものだから「リ・クリエート」だ、と。コロナで花見も行けないから、いつかみんなで楽しめるように土手に桜を植えようか、とか。里山を再び活かすとはそういうことなのかな。里山と戯れて里山を愛でて。多分、ご近所のお爺さんお婆さんみなさんしていることだと思いますが。(笑)

―素敵ですね。新型コロナによって生き方や働き方を考え直している人も多い今、何か考え方の変化などはありましたか?

郷子:私たちが生活する古民家は築300年ですが、必要に応じて直しながらまだまだ十分暮らすことができます。
古い家はどっしり安定していて落ち着きます。
ライフラインは電気と水道、ガスを引いていますが、お風呂は薪風呂でテレビはありません。ストーブは薪と灯油と両方使っています。
東日本大震災の時は、絆が大事、とうたわれ、本当にその通りだと思いましたが、新型コロナによる自粛期間は、自分たち一人一人が自分たち自身や自分たちの居場所・暮し方などに向き合う機会の様にも感じられました。そして、その上でのつながりの大切さ。
個人的には、いろいろあったように感じていた「やらなければならないこと」がそぎ落とされ、シンプルになったような気がしています。
それぞれがジグソーパズルの一つのピースのように、一人一人が自分たちの持ち場を担当していくことで一枚の絵画が完成されるのあれば、何でもかんでも頑張らなくてもいいんだとも思いました。

発信し、循環する仕組みづくりを

郷子:ひとりでやる活動は、私たちができなくなったらそれで終わるけれど、仲間と一緒にやることは、私たちができなくなっても、形を変えて続いていく可能性も持っています。
個人としては、今やっている仕事プラス里山で暮らすことに興味のある人の受け入れなどもしていくこと、そして仲間とは、つながりながら、任せることは任せ、活かせる部分は活かしてもらって、ヒト・モノ・コトなど必要なものが必要な場所にうまく流れるような循環する仕組みができればと思っています。
里美には、いろいろなことに取り組んでいる方がたくさんいます。これからはより多様性が認められる時代になり、今まで一律だった教育や働き方も、それぞれの個性や考え方に合ったものに変化していくと思っています。「里山で暮らす」という選択肢も増えていったらいいと思う反面、都会の暮らし方をそっくりそのまま田舎に持ってくるのではもったいない。私たちは自分たちのくらしの中で発見した楽しい事や驚いた事、景色、音、風、日差し、味、人といった県北の豊かさや魅力を発信し、この地にまた来たい、帰ってきたいと思ってくれる人が少しでも増えたらうれしいです。私たちが地元の方たちにお世話になってきたように、何かしら協力できることがあれば協力したいと思っています。


●まったり~村の小さな農園

●里山reトリート響

●地大豆 豆腐工房

*1:パーマカルチャー:パーマカルチャー(英語: Permaculture)とは、エコロジカルデザイン・環境デザイン分野の用語であり、自然のエコシステムを参考にし、持続可能な建築や自己維持型の農業システムを取り入れ、社会やくらしを変化させる総合的なデザイン科学概念。

参考:パーマカルチャー―農的暮らしの永久デザイン 農山漁村文化協会 (1993/9/1)

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