茨城県北クリエイティブプロジェクト

大子町新庁舎を「まちの装置」に つながりの生まれる場目指す

茨城県北に位置する大子町。

日本三名瀑の一つである袋田の滝をはじめ、八溝山や男体山、久慈川の清流、奥久慈温泉郷など、豊かな自然を活かした観光資源を有する県内有数の観光地だ。

2018(平成30)年1月、大子町は庁舎の老朽化などを背景に現地建て替えによる「大子町新庁舎建設基本構想・基本計画」を策定、同年6月には株式会社遠藤克彦建築研究所が設計プロポーザルにより業務を受託し、基本設計を行ってきた。

しかし、2019(令和元)年10月の台風第19号によって現庁舎を含む中心市街地が浸水。甚大な被害を受け、翌年1月に高台に位置する「旧東京理科大学大子研修センター(現大子町営研修センター)グラウンド」に建設地を変更することが決まった。浸水被害からわずか3か月後の決定だった。

設計も一新され、旧計画で予定していた浸水対策の鉄骨造から「林業の盛んなまち」を象徴する「純木造」の建物とした。柱や梁などの主要構造部材すべてに県内産の杉やヒノキなどの地域産材を活用する計画となっている。

新庁舎の施工が進む今、「まちの装置」として期待することについて大子町役場 庁舎建設推進室長 島崎修一さん、遠藤克彦建築研究所 遠藤克彦さん、樋口永さんに話を聞いた。

文=高木真矢子、写真=柳下知彦
取材:2021/7/12

―新庁舎建設までの経緯を教えてください。

島崎修一(以下、島崎):現在の大子町庁舎は、1961(昭和36)年7月に建築された築約60年の建物です。建物本体や設備等の老朽化、また、1981(昭和56)年以前の建物といったことで耐震性の問題等があり、近い将来庁舎の建て替えが必要だろうという意見が2014(平成26)年の9月あたりから出て、(翌年)3月に庁舎建設基金を設置し庁舎建て替えの準備を始めました。
その後、2017(平成29)年に国の財政支援措置が創設され、この制度を活用して建設することで、町の負担を軽減できることから同年、新庁舎建設検討委員会を立ち上げ、本格的に検討を始めました。そこで半年間にわたり、庁舎の現状や社会経済情勢を踏まえ検討いただいた結果、早急に建て替えが必要との答申があったことから、町では新庁舎建設の基本構想・基本計画を策定し、プロポーザルで遠藤さんの事務所に設計をお願いすることになりました。

遠藤克彦(以下、遠藤):補足すると、約30年前から、それまではお金だけで決めていた入札という形から、きちんと設計等設計者の能力を見極めて発注しましょう、というプロポーザルという流れが出始めていて、大子町さんもその方式を採用されて、そこに応募したという形です。3年前でしたか。

島崎:3年前ですね。県内外15社の設計事務所から提案があり、審査委員会での審査を経て、遠藤さんの案を採択させていただきました。

―旧計画では、現庁舎のあるところに新庁舎を建てる計画だったんですよね。

島崎:はい。現在の役場庁舎西側に町有地がありまして、そこに建設するという案でした。

遠藤:そうですね。提出の何週間か前に、実際に私が大子町に来て、まちを周りました。
その当時、ほかにもまちづくりとかまちおこしの話で携わっている設計がありまして、その内の一つで、2017(平成29)年の4月から設計を開始していた「大阪中之島美術館」がちょうどそのタイミングで一息ついたんですね。それで、新しいプロジェクトに応募しようと考えていたところに、ちょうど大子町さんがプロポーザル公募をしていたんです。

―率直に、そのときの大子町の印象はいかがでしたか?

遠藤:立派な駅や商店街もあるんだけれど、車が走っているばかりで人が歩いていないと感じました。それから、切り出してすぐの杉を載せたトラックが非常に多かったので、林業の町なんだなと。山や川と、非常に豊かな自然を持っていて、その豊かな自然の中のどこに設計するのかなというのを想像しながら見てまわりました。

―通常、遠藤さんがプロポーザルに出されるときは今回のようにご自身で現地を見に行かれるんですか?

遠藤:最近は忙しくなってしまって、スタッフに任せつつありますが、それでも基本的には自分で行きます。大子町を見てまわった時も、そのまま黒磯や那須塩原、北上して八戸まで、まちづくりを見て大阪に戻りました。

―実際にこの新庁舎の計画が立ち上がってから、町の方の反応や動きの変化はありますか?

島崎:実際に肌で感じる動きというのは、そこまでではないのですが、新庁舎建設に関する町民説明会や意見交換会などをする中で、町の方々からいろいろとご意見やご質問をいただいています。
説明会などの参加者も多かったですし、新庁舎に対する期待というか、そういったものは非常に感じています。

―具体的には、どのような意見が出ましたか?

島崎:高校生や、ベビーカーを押して歩くような小さなお子さんがいるお母さんたちから、自分たちが集まる場所がない。(高校生が入りやすい)飲食店もそれほど多くはないし、お金もないし、どこに集まろうってなったときに、思いつくところがそれほどない。だから、そういう場所が欲しいという声をいただきました。

―台風の被害を受け、建設地を始め、設計も根本から変更になっていますが、これらの変更が決まるまでにはどんな経緯があったのでしょうか。

遠藤:まず、計画変更にあたり、現庁舎の敷地で、鉄骨造でいくら水害に対して問題ないと言っても、あの浸水の被害を見て町民がどう思うか、という懸念がありました。
でも、台風による被災の直後に、高台の旧東京理科大学大子研修センターの敷地が町に返却されて帰ってきた。タイミングの良さに町の持つ力を感じましたし、町に関係する人たちから、応援もいただきました。

遠藤:意見交換会のときも、「場所を変えよう」という説明会を島崎さんたち(役場の人たち)が行ったことで、町民からの合意を得られたということには感動しました。通常、行政サイドが一度決めたことってなかなか変わらない。よくここで踏みとどまったなと、判断がとても早いことに感心したし、その結論を出したのはすごい良かったなと思いました。だからこそ、高台で計画を練り直すときにはイチからきちんとコンセプトを作り直そうと思いました。

―コンセプトやイメージの方はどのように変わったのでしょうか?

遠藤:実は敷地変更当初は、鉄骨造案と木造案は並走していたんですが、県からの働きかけや、いろいろな方法を模索して木造での可能性が出てきて、県からも支援をいただけることになったので、最終的に「では木造で行こう」と決定しました。後に国交省からも支援いただけることになり、後押しになりましたね。
この丘の上の新庁舎計画では当初の計画と違って、森をイメージした丘の上らしい機能をつけました。森のように柱が緻密にはなっていますけれど、木をちゃんと生かして、しっかり足元が開放的な設計にしています。森って、上の方が生い茂っていても、足元は空間が広がっているような所がありますよね。丘の上にはそういう庁舎がいいのではないかとイメージしました。

―「林業のまち」からの着想だったというわけですね。旧庁舎の方から引き継いで大切にされていることやここだけは変わらずにこだわっている、というところはありますか。

遠藤:旧計画から引き継いでいることは、見通しの良さですね。そういえば、2回目の案では、職員の皆さんにヒアリングはしていないんですよ。1回目の計画では、2日間ぐらいかけて朝から晩まで、全ての課でヒアリングを実施したんです。お互い忖度ない状態で話し合い、「うちの課はこうしたいんだ」という率直な意見をヒアリングしました。

―そこまでやることはあまりないように思いますが。

遠藤:そう、普通はやらないですよね。だから、庁舎準備室は対応が大変だったと思います(笑)。でも、それがあったからこそ、2回目の調査のときは、ヒアリングがなくても何の文句も出なかったと聞いています。

―計画が変わるにあたって、役場の方以外の町の方などにはヒアリングをされたんですか?

遠藤:ヒアリングといった名目ではしていませんが、町民ワークショップを4回開きました。町民ワークショップは得るものが大きかったですね。さまざまな人が参加して意見を出してくれました。いわゆる建築のアーキタイプともいえる庁舎然とした庁舎というものがあるんですけど、もうそれは現代社会の生活スタイルや、地域性によっても意外と役に立たなくて、庁舎には「こういうものが欲しい」とか「こうあるべきだ」というものは変わりつつあるんです。そういう大子町の庁舎に必要なものは何かという要素を引き出すために、そのワークショップが重要だったと思うんです。例えば、子どもたちのいる場がないとか、お母さんたちがベビーカーを押してきて本を読める場所がほしいとか、多目的に使える場所がほしいとか。職員からは出てこないような意見が、町民の中から出てきました。

―町民の意見であるとか庁舎で働く方たちの意見も吸い上げられて、新計画になったんですね。遠藤さんの会社のホームページに「新しい時代にふさわしい庁舎」という表現がありますが、遠藤さんの考える「新しい時代にふさわしい庁舎」とは、どのようなものなのでしょうか?

遠藤:権威主義ではないということですね。僕は、庁舎は町民の建物なので、権威の象徴ではなくて、町民主権的なものだと考えています。だから「町民の庁舎」を形にするということが、僕は大切だと思うし、その町民の庁舎であるというのを形にする・デザインするのが、庁舎を設計しようとしている僕らの仕事です。
そういう意味で、入りやすい、親しみやすい、一目で空間もわかる。本当に町民みんなが自分の場所だと思ってくれるといいなと思います。

―樋口さんは、大子町の担当でいらっしゃるということで、多くこちらにいらっしゃるかと思いますが、大子町に通うようになって見えてきた魅力などは何かありますか?

樋口永(以下、樋口):現場が始まってからは毎週来ています。今週も1週間ずっとこっちに来ています。大子町の魅力・・・計画とちょっと関係していないんですけど、町にやっぱり特産品が多いというか、町が持っている財産が多いなっていう印象はありますね。
でも町民の人たちはそれを知っているけれども、町外にアピールはできていない。
そういうものを、この新庁舎を活用して対外的にアピールするようなことができるといいですね。

遠藤:そうだね。客観的に見ると圧倒的な自然がある。お金等の資本じゃなくて、社会的な資本という意味において、やっぱり大子の社会資本ってすごくいいですよね。
トータルでいうと圧倒的なんですけど、それを生かしきれていない感が、大子町にもあるし、実は茨城県もそうだと思うんです。ポテンシャルのある社会資本をきちんと生かす努力とまでは言わないけど、気づいたらちゃんと価値を上げていくということが大切なんですけど、そういうディレクターがもっといてもいいんじゃないかなと思いますよね。
価値を上げる人材というのは、実は行政だけじゃなくて民間にもいた方が良くて、僕たちはこういったまちづくり庁舎の設計をしながら、拠点(大子町にある遠藤事務所。酒屋を改装し、町民とのコミュニケーションの場にもなっている)を作って、まちづくりマイスターをどんどん醸成していこうともしています。作るなんて言ったらおこがましいですけど、一緒にまちづくりをやるうちに「自分にもできるんじゃないか」と思ってくれる人がいっぱい出てくるといいですよね。
設計者は、そんなに大したことはできなくて、きっかけづくりをする役なんです。僕たちと一緒にまちづくりをやって、「遠藤たちって面白いかも」と思ってくださっても、僕たちはずっとここに居られるわけではないんです。だから、その後に次の世代を作ってくれるマイスターとして、ちゃんと「社会資本に気づいてあげる」、「バリューを上げる」ことができるディレクターが生まれるといいなと思うんです。

―それは素敵ですね。

島崎:地域おこし協力隊の方の中には、そのまま町に住む方もいらっしゃいます。
そういう外から来た方がいると、すごくまちが明るくなりますよね。

遠藤:庁舎の建設が、直接的には人口減少を食い止めるわけではないんだけど、人口減少が町の課題であるのは確か。
よく大規模店舗とかが槍玉に挙げられますが、実は問題はそこじゃなくって。本当に町にとっての最大の課題は人口減少なんですよ。人口が1人減ると、町全体の年間消費が250万円ぐらい落ちると言われています。10人減ると2500万、100人減って約2億5000万円消費が落ちる。要は町が、消費パワーを失うのがまずいんです。その消費パワーとはなんぞやって考えると、購買力だし、もっと言うと生産力。消費も落ちていくと、それで一番困るのは雇用なんですよね。
結論から言うと、雇用が生まれるということが重要で、要は新しい産業が必要なんですよね。新しい産業なのかビジネスモデルなのか、まちづくりという側面でいうと、いくらいい場所をつくっても雇用が生まれなければダメだと考えたら、場作りとしての庁舎の建設の次のステージはそこになるんでしょうね。

庁舎が次のビジネスモデルを作っていけるような場所になって、町の人たちがつながっていく。庁舎の設計を通してまちづくり拠点がそういうものになっていくということが大切だと思っています。
まちづくりは、これをやれば大成功っていうことではないので、そういう意味では拠点をうまく使ってくださいと町にはお願いしています。

―「まちの装置」ですね。ちなみに、今、公開できる範囲で、決まっている設備やサービスなどはありますか?

島崎:行政手続がスムーズに進められるように業務上連携がある課を同一階に配置し、すべての人が利用しやすいバリアフリーな環境とする予定です。また、学習や読書に利用できるブックラウンジや正面玄関入ってすぐの位置のふれあいホールなど、町民の方に集ってもらえるようなスペースもあります。
そのほかに、庁舎を一周回れるウォーキングコースを作る構想はありますね。庁舎に書類を取りにくるだけではない活用法となれば。

―新庁舎によってこういうことが実現していけるんじゃないかと期待することはありますか?

樋口:実際にワークショップで上がっていた意見の、勉強スペースや居場所を作るとか、健康ロードを整備するみたいな話はもちろんなんですけど、ワークショップではない部分で、せっかく商店街の中にあるこの事務所で仕事をしていることをどう生かすか、ということは考えますね。
事務所で図面を広げて作業していると「何してるの?」という質問から日常会話が生まれるんです。まちの人たちがどう感じ、あるいは僕らが作るものをどうしていくかというのは、会話の中でブラッシュアップできるな、と感じるんですよね。この場所がメディア的に使えるといいなと一担当者としては思います。具体的には、ガラス戸に現場の写真や進捗、あるいは調査計画とは関係ないまちのお知らせなどを掲示して、何かしら立ち止まるきっかけを作ろうとしています。
大子町には地域おこし協力隊がコーヒースタンドを出したりしているんですが、その様子を見ていても「場」があれば人が来るんです。例えば、事務所をラウンジとして使ったり、コーヒーやお酒を飲めるようにしたり、面白いことをやれば人は集まるし、にぎわいを作れますよね。

遠藤: 私も昨日の夜に大子町に着きましたが、明かりが点いてないのが一番まずいと。まちに多くの明かりがあることが「何か起きる」原動力になるので、この事務所でも何かそういうプラスの連鎖を仕掛けることが出来れば良いなと思っています。

高梨町長コメント
「新庁舎の建設にあたっては、基本設計策定の段階から町民の皆様をはじめ町議会議員、学識経験者の方など多くの方からご意見を頂戴しました。
設計には、こうした庁舎に対する「想い」を出来る限り反映していただき、機能的で使いやすいコンパクトな庁舎を目指しました。
ここに至るまで、浸水による被害を受け建設位置を見直すなど、役場庁舎の安全性をより重要視してまいりました。また、庁舎の木造化については、林業を中心とした地域経済への波及効果や補助制度の活用による財政負担の軽減などを考慮し構造の見直しを図りました。
その他、庁舎移転後における市街地の防災機能の強化や中心市街地の活性化についても、今年度から国や県と連携し事業を進めております。
新庁舎が今後長きにわたり、町民の皆様の暮らしを支える安全・安心な拠点として機能するよう早期完成を目指し工事を進めてまいります。

遠藤克彦さん

1970年横浜市⽣まれ。1992年武蔵⼯業⼤学(現・東京都市⼤学)⼯学部建築学科卒業。1995年東京⼤学⼤学院⼯学系研究科建築学専攻修⼠課程修了。同⼤学院博⼠課程進学。1997年遠藤建築研究所設⽴。2007年株式会社遠藤克彦建築研究所に組織改編。2017年⼤阪オフィス開設。2019年⼤⼦オフィス開設。2021年~ 茨城大学 大学院理工学研究科 都市システム工学専攻 准教授。主な受賞に、2017年「⼤阪新美術館公募型設計競技 最優秀」(*新美術館の正式名称は 2018年に「⼤阪中之島美術館」と決定)、2018年「茨城県大子町新庁舎建築設計業務公募型プロポーザル 最優秀」、2021年「鋸南町都市交流施設周辺整備設計業務委託プロポーザル 最優秀」などがある。

Topへ