茨城県北クリエイティブプロジェクト

大子町で「めめぐる」二人が「大子町を選んだワケ」 【対談】雑貨屋「memeguru(メメグル)」 飯田萌美さん パン屋「Michiru Bakery(ミチルベーカリー)」比留間玲美さん

茨城県の最北西部に位置する人口約1万6千人のまち、大子町。観光と農林業を中心とするこのまちで、めぐる・つながる・育つ場「memeguru」を運営する飯田萌美さんと、ワクワクするパン屋「ミチルベーカリー」を開業した比留間玲美さんに、大子町を選んだ理由、大子町での生活などについて語っていただきました。

<プロフィール>
飯田萌美さん
茨城県水戸市出身。4年前に大子町に移住し雑貨屋「memeguru」を運営。デザイナーとしても活動する。
比留間玲美さん
神奈川県川崎市出身。大子町には今年1月に移住。12月にパン屋「ミチルベーカリー」を開業。

文・写真=高木真矢子
取材:2021/11/19

―お二人が大子町にいらっしゃった経緯と知り合ったきっかけを教えてください。

飯田:私は4年前に大子町地域おこし協力隊として着任して大子町に来ました。玲美さん(比留間さん)とは、今年1月に初めて対面で会ったんですけど、実はその前に私たち移住者や役場の人、まちづくり関係の人たちの中に「大子に移住したいっていう人がいる」って情報が出回っていて、勝手に先に知っていたんです(笑)。

比留間:え!?そうだったの(笑)。

飯田:そう(笑)。役場の人が「移住したいって人がいる」と玲美さんのSNS投稿を教えてくれて。それを私を含めた移住者とかの間で情報が共有されたんです。

比留間:そこまでは知らなかった!(笑)。私は、今年1月に家族5人で移住してきました。確かに、まちの人たちがみんな気さくで、移住前からDM(ダイレクトメッセージ)をくれたりしていて、地域に入りやすいなとは思いました。萌美ちゃんとは、こっちに移住してから、地域のまちづくりNPO法人「まちの研究室」を介して会いました。

―飯田さんは地域おこし協力隊卒業後に、そのまま定住して起業されたんですね。

飯田:はい。私は、今大子町に来て4年目で、昨年起業しました。大子町を選んだのは、前職のころから協力隊に興味があって、茨城で仕事がしたい、どうせやるなら地元の水戸じゃなくて、(県の)端っこがいいかな、なんて。

―そうだったんですね。ちなみにどんなことをやってみたいと思って大子を選ばれたんでしょうか?

飯田:前職は花屋だったんですが、地元の花苗や野菜の農家さんと取引があって、仕事をしているうちに、地域の農家さんたちともっと密着した仕事がしたいなって思うようになりました。
花の苗って値段がすごい安いんですよ。商業施設に卸したりすると原価に利益を乗せなくちゃいけないから、価格交渉をするんですけど、農家さんと話していて、人となりとか、すごく情熱を持って花を育ててくれているんだっていうことをわかっているので、心苦しい思いをすることがあって・・・。確かに消費者の目線だと値段が安いとすごく助かるんですけど、花は鮮度が大事なので、質を保つためには自分たちで切り捨てていかなきゃいけないんで、なんかそういうのを見ていたらいろいろ考えちゃって。例えば、「もうちょっとだけパッケージをこうしたらもっと売れるんじゃないか」と感じることもあって、デザインやイラストといったクリエイティブの力でより農家さんに寄り添って販売する助けになれればいいなと「売る」側から「つくる」側に興味が移っていきました。そこで大子町の地域おこし協力隊の募集要項が興味をもったことに近かったということと、農家さんなど一次産業の方がたくさんいるということで大子に行きたい、と。

比留間:私は、おばあちゃん家が大子町にあって、子供の時から夏休みとか長期の休みには大子町に来ることも多くて、何度も足を運んでいる土地だったんです。

飯田:そうだったんだ。

比留間:そう。母の入院もあって、就学前に長期間1人で預けられたこともあって、祖父母と一緒に生活を共にするっていう機会が幼心にすごく印象的で。家の裏にある畑でトマトを食べたり遊んだり、そういう自然と近い生活をしていたんですよね。
家に戻ってからもおばあちゃん家の思い出が私の中ですごく強くって、小学生のころ、奥久慈を想った詩を書いたら表彰されたりとか(笑)。

飯田:すごい!思いが深い。

比留間:中学校も本当は大子に1人で行きたいと思っていたんですけど、みんなに迷惑をかけてしまうって思って、誰にも言わずにそのまま大人になっていって。結婚・出産を経て、定期的に大子には来るけれども、車の免許を持ってないとかで踏み出せなかったんですけど。うちは主人も東京育ちなので、大子に来るたびに、「田舎感がすごくいい」「なんか、おばあちゃんちっていう感じがする」って、こういう自然の場所っていうのに憧れを持ってくれていたので、3年ぐらいかけて移住に向けて準備をしてきました。資金もそうですけど、免許を取ったり、ちょっとずつちょっとずつSNSで移住をしたいっていうのを発信したり。

―それが役場の方の目に留まったということですね。

比留間:そうなんです。発信していたら、大子町役場の人が見つけて、当時の観光商工課に勤めていた方がすぐ連絡をくださって、次の日には電話でやりとりする、みたいなスピード感でした。

飯田:そしてそれが私たちにも共有されていく、と。

比留間:(笑)。発信って大事だなって気付いたのもその時で。「移住したい」と言っているだけなのにここまでトントン拍子に進むとは思っていなかったんです。本格的に動き出すことになって、家も探して家族みんなを巻き込んで、勢いで(笑)移住しました。

―お子さんもいらっしゃるということでしたが、移住してからの変化などは何かありましたか?

比留間:子供が3人いるんですけど、上の子が小3の時に引っ越して今4年生なんです。中学年とはいえ、引っ越しするってちょっと心配だったんですけど、何より自然豊かなこの場所で感じられるものって多いと思っていて。大子ってすごい自然が近くて、前は星が全然見えない場所にいたのに今では星をずっと見ていられたりとかして、子供に「月明かりがこんなに明るいんだね」って言われて感動しました。自然一つ一つ、一日一日に感動する。他では知ることができないことを知り、できなかったことができ、気づかなかったことにも気づけるっていうのはなかなか経験できないことですよね。親の勝手な思いですけど、子供たちにとって環境の変化は大変なこともたくさんあっても、ほかで得られるプラスの部分が、いいように成長につながっていくと思っています。

―私も2人の子供がいるので共感します。子供の環境を整えられるのはやっぱり親ですものね・・・。さて、飯田さんは雑貨店兼まちの交流拠点「memeguru」を開業されて1年、実際に事業を動かすまでの経緯と動かしてみて、率直に手応えはいかがですか?

飯田:協力隊の活動の2年目に、今後を考えた時に実家に戻る選択肢もあったんですが、当時の協力隊の活動報告会の場を自分たちで企画・運営して、ポスターをデザインしたり、パネル展のようにしたり、初めての挑戦をたくさんしました。協力隊はもちろん、周りの人からも「(飯田さんは)こういうことができるんだね」と自分でも気づかなかった特技を知ることができました。苦労は多かったですけど、やってみたら楽しくて、こういう企画が続く拠点があればいいなと思って。

―それが屋号・店名の「memeguru<めめぐる>」につながるんですね。

飯田:はい。「memeguru<めめぐる>」は大子弁で「芽が出ること」。この場所から芽が出るように、作家や作品とともに成長できるように、使われなくなった建物が再生し、また時が巡り動くように・・・この町を訪れめぐり歩き、人が集い、またここから巡り始めるように。そんな思いを込めています。運営自体は理想通りに全て動かせている訳ではないですが、いろいろな地域から人が集う・出会う場になっているかなと。

比留間:そういえば萌美ちゃんとの初対面もここだったよね。

飯田:そう!あの時(初対面)はちょっと緊張しちゃったんだけど(笑)。同世代の人が移住してきてくれる!ってめちゃくちゃ嬉しかったのを覚えています。

―この物件も元・歯科医院らしいですが、物件探しなどはどのようにされたんですか?

飯田:ここは、私より前に移住された漆芸家の辻さんが購入されていたところで、元々アトリエ兼お弟子さんを住まわせる場所にする予定だったらしいんです。この物件素敵だな、とお借りできないかなと思って、まちの人たちと一緒に内見させてもらい、「いくらくらいの家賃なんですかね」なんてまちの人にアシストしてもらいながら(笑)辻さんとお話しさせていただいて、やりたいことを伝えたら、「まちの交流拠点」という思いは同じところだったようで「僕がやるより、若い子がやった方がいいね」と快く貸してくださったんです。
変化としては、今までは自分が会いに行って情報を取ってくる、だったんですけど、何かいい意味でここにいて情報や人がやって来て会話が生まれたり、「こんなことやってみましょう」みたいな、つながりができて、すごくそれが、面白いなと思います。

―比留間さんとの対面も、辻さんとのお話しも、まさに「memeguru<めめぐる>」を通したつながりですね。お店で特に力を入れている部分などはありますか?

飯田:コンセプトを「配るお土産」より「自分のためのお土産」としています。私自身、旅行先の思い出として手拭いを買うということも理由にあるんですが、思い出を持ち帰るお土産があったらいいな、と思っていて、お店に置いている作品なども大子を中心に、茨城にゆかりのある作家さんの作品を置くようにしています。せっかくだし!とオリジナルの手拭いのデザインにも挑戦しています。季節に合わせて製作していて、今はリンゴ柄です。

―素敵ですね!大子はリンゴが有名ですものね。比留間さんは間も無くパン屋さんをオープンされるということですが、パン屋さんを開こうと思った背景は?

比留間:元々食に関わる仕事がしたいと調理師の資格が取得できる高校に通って、高校卒業後には、栄養教諭の教員免許の取得もできる短大に進学して、調理師や料理教室の講師を経験しました。
学生時代から食育に興味があり、将来、食育に関わる仕事をしようとは決めていたんですが、当時はまだパン自体で何かをするというイメージはありませんでした。パン自体は、高校・短大時代の実習のほか、結婚・退職後に、コンクールでの受賞歴を多数持つ講師が教えてくれるパン教室で理論も含めて学んだんですが、その時に、おもてなしや、誰かに喜んでもらえる気持ちにワクワクして、これまで携わった社食などでの大量調理との違いを実感して、家庭でもどんどんパンを作るようになりました。
この時、すでに移住の準備も始めていたんですが、改めて大子町の名産品を調べたら、リンゴや奥久慈茶とか、こんなに素晴らしいものがあるんだと感激してしまって。
図々しいんですけど、私ができる「パンやお菓子を作るということ」で、大子町のおいしいものを更においしくするお手伝いをして、大子町の魅力を伝えたいな、PRしたいなという気持ちになって「大子町でお店を開きたい!」と開業を決めました。

―これからが楽しみですね!お2人のお話を伺っていて、「やりたい」と発信することで周りが協力してくれるという部分が共通しているなと感じました。

飯田:そうなんですよね。元々住んでいる方もそうですけど、daigo caféのオーナー 笠井英雄さんとか、それこそ私より先に移住している人たちが結構押してくださっていますね。地元でも、「そういう場所があったらいいなと思ってたよ」と、肯定してくださって、話を聞いてくれる方々がいます。
そういえば、私は協力隊のころ、農林課の所属だったんですが、相談をするとまちづくり観光課などほかの課の方をつないでくださって、横のつながりがどんどん広がっていくということもありました。

比留間:SNS経由での広がりもそうですけど、皆さんが情報をシェアしてくれることもあって、移住してすぐ話し相手もいて、全然寂しくなくって、私はとってもありがたくて。移住してまだ数ヶ月なのに、すごい知り合い多いねみたいに言われることがあるんですが、これって皆さんが積極的に関係を持ってくれようとしてくださっているからこそだなと思うし、私も寂しくないというか頑張れるなっていう気持ちになれています。大子以外の県北エリア(高萩)のZen SPAの鈴木さんからも連絡をいただいて、12月にはここ(memeguru)で食育とヨガを合わせたワークショップをさせていただくことになっているんです。

飯田:そうなんです。全部私がこの場所でやりたかったことです(笑)。予約もほぼ埋まっていて、なんと申込者は町外の方ばかりなんですが、それがまたすごく嬉しくて。共通の知り合いのいない、始めての利用の方も複数申し込みいただいているんです。

―それは素晴らしいです!飯田さんが場をつくり、パンを作る比留間さんと別のエリアからヨガのできる方がいらっしゃって、早速新しい出会いの機会が生まれているんですね。

飯田:知らない方から(WSの)申し込みのメッセージが来て、玲美さんのパンと食育の掛け合わせを今か今かと楽しみに待っていた方がいたんだと分かってうれしかったですね。

比留間:ごめんね。無理に言わせた気がする(笑)。

一同:(笑)

―そんなお二人ですが、今後、県北エリアで挑戦したいことなどはありますか?

飯田:地域と手を取り合って、「大子町っていいね」と改めて地域の人たちにも知ってもらうイベントなどを企画したり、県北で「何かしたい」という人たちの背中を押せる、発信する場所にもしたいです。

比留間:食べることも育てることも全て一貫して食育なので、子供だけが食育を学ぶのではなく、大人も学んで子供に伝えるというところを踏まえて、誰しもがその経験をすることが大事だと思っています。パン屋をしながら一緒にパンをこねるとか、ちょっと地元のものを使って楽しく食に対する考え方を良い方向に進めていきたいですね。

飯田萌美
比留間玲美
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