グローバル経済とジェネリック医薬品:世界の医療費の現状とその影響
- 三浦 梨沙
- 24 12月 2025
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世界中の医療費は、毎年のように上昇し続けています。でも、その中で、ジェネリック医薬品は、誰もが手に入れられる治療を支える、見えない柱になっています。高価な新薬が次々と登場する一方で、ジェネリックは医療システムを破綻から守っています。このバランスが崩れれば、途上国では治療が受けられなくなり、先進国では保険料が跳ね上がります。
世界の医療費はどこまで膨らんでいるのか
2025年には、世界の医薬品市場が1兆6000億ドルに達すると予測されています。これは、新型コロナワクチンの支出を除いた数字です。でも、その中で最も驚くべきのは、医療費の負担が国によってどれほど違うかです。先進国では、医療への公的支出がGDPの5.8%に達しています。一方、低所得国では1.2%にすら満たない。アフガニスタンやナイジェリア、トルクメニスタンでは、医療費の75%以上を患者自身が現金で支払っています。これは、病気になったら、まずお金があるかどうかを問われる社会です。
アメリカは世界最大の医薬品市場で、2025年には医療費が5.6兆ドルに達し、2033年には8.6兆ドルになると見込まれています。そのうち、処方薬の支出は7760億ドルから2033年には1.7兆ドルに跳ね上がる予想です。でも、その半分以上は、がん、免疫疾患、糖尿病、肥満といった分野の「特許薬」に集中しています。これらの薬は、ジェネリックがまだ登場していないか、規制で導入が遅れているため、価格が下がりません。
ジェネリック医薬品が果たす役割
ジェネリック医薬品は、特許が切れた新薬と同じ有効成分で、価格は30~90%安いです。アメリカでは、処方された薬の90%以上がジェネリックです。でも、それは「使われている」だけではありません。ジェネリックが存在することで、製薬会社は新薬の価格を過剰に上げにくくなるのです。ジェネリックが市場に参入すると、原薬の価格は一気に下がります。たとえば、あるがんの治療薬がジェネリック化した後、価格は90%以上下落した事例も実際にあります。
しかし、ジェネリックが効くのは「単純な化学薬品」だけです。複雑な生物製剤(バイオ薬)には、ジェネリックではなく「バイオシミラー」という類似薬があります。でも、バイオシミラーの導入は遅れています。ヨーロッパでは比較的進んでいるものの、アメリカや日本では、医師の処方習慣や保険の支払いルールが壁になっています。結果、糖尿病や関節リウマチの治療薬など、年間100万ドル以上する薬が、何年もジェネリック化されず、患者の負担を続けさせています。
途上国と先進国、ジェネリックの違い
ジェネリックの役割は、国によってまったく違います。アフリカや南アジアの国々では、ジェネリックは「医療を受けるための唯一の手段」です。国が薬を買う予算が限られているので、国際機関やNGOがジェネリックを大量に輸入して、HIVや結核の治療を支えています。WHOのデータでは、低所得国ではジェネリックが処方の80~90%を占めています。
一方、中国やインドのような「新興医薬市場」では、状況が変わりつつあります。過去はジェネリックが主流でしたが、経済成長とともに、新しい特許薬の使用が急増しています。中国では、がん治療薬や糖尿病薬の新薬が、政府の保険制度に次々と追加されています。これは、ジェネリックが「安さ」から「質の選択肢」へと役割を変えているサインです。
でも、この変化は「すべての国」で起きているわけではありません。レバノンやマラウイでは、パンデミック後に公的医療費が40~70%も削減されました。そんな国では、ジェネリックがなければ、糖尿病の患者がインスリンを手に入れられず、結核の患者が治療を中断する事態が起きています。ジェネリックは、単なる「安い薬」ではなく、命をつなぐインフラなのです。
医療費の上昇を止めるのは、ジェネリックだけではない
ジェネリックは強力なツールですが、それだけでは医療費の上昇を止められません。2025年の世界平均の医療コスト上昇率は10.4%です。北米は8.7%、アジア太平洋は12.3%と、どこでも上がっています。その原因の半分以上は、「新しい医療技術」の導入です。人工知能を使った診断装置、ロボット手術、遺伝子治療など、どれも高価です。保険会社の69%が、新技術が医療費の最大の原因だと答えています。
さらに、精神科薬の需要は急増しています。世界の保険会社の3分の1は、精神保健の費用が今後3年で15%以上増えると予測しています。でも、精神疾患の治療薬の多くは、すでにジェネリック化されています。抗うつ薬や安定剤のジェネリックは、価格が1/10以下。これがあるからこそ、多くの国が精神医療を広く提供できています。
アメリカの患者は、なぜジェネリックでも高くなるのか
アメリカでは、ジェネリックが普及しているのに、患者の自己負担は増え続けています。2025年には1人あたり177ドルだった処方薬の自己負担が、2033年には231ドルになると予想されています。なぜでしょうか?
理由は2つあります。まず、ジェネリックでも「保険の自己負担額」が高すぎるからです。たとえば、あるジェネリックの薬が10ドルでも、保険が「コプレイメント」を50ドルに設定していれば、患者は50ドル払います。次に、新薬の価格が高すぎるため、保険料全体が上がっているからです。ジェネリックがいくら普及しても、一部の薬が100万ドルもするなら、保険会社は他の人からお金を集めるしかありません。
また、アメリカの製薬会社は、ジェネリックの市場参入を「法的手段」で遅らせる戦略をとっています。特許の延長、新しい用途への特許取得、ジェネリックメーカーとの訴訟など、さまざまな方法で市場を独占しようとします。こうした「ガラガラポン」の戦略は、ジェネリックの価格低下を遅らせ、患者の負担を長く続けさせます。
未来の医療費を下げるには?
ジェネリックの役割は、今後ますます重要になります。WHOは、2025年には国際的な医療支援資金が2009年以来で最低の391億ドルになると警告しています。援助が減れば、途上国はジェネリックに頼るしかありません。
でも、単に「ジェネリックを使え」というだけでは足りません。必要なのは、3つの改革です。
- ジェネリックの承認を早くする規制改革
- バイオシミラーの導入を促す保険制度
- 製薬会社の価格操作を抑える政策
例えば、インドやタイでは、ジェネリックの承認を数カ月で終わらせ、価格を政府が直接コントロールしています。その結果、HIV薬の価格は10年前の1%以下になりました。日本やドイツのように、ジェネリックの使用率を保険制度で引き上げる仕組みも効果的です。
でも、最も重要なのは、ジェネリックを「安さの選択肢」ではなく、「当たり前の医療」だと社会が認識することです。誰もが、安い薬でも平等に治療を受ける権利があります。ジェネリックは、医療の公平性を守る、最もシンプルで、最も強力なツールです。