MAOIとチラミン:抗うつ薬と避けるべき食品

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チラミン摂取量チェックツール

MAOIは、他の抗うつ薬が効かない重度のうつ病や、気分が反転して過眠や過食になる「非定型うつ」に効果的な薬です。しかし、この薬を飲んでいるときに特定の食品を食べると、血圧が急激に上昇し、脳出血や心臓発作を引き起こす可能性があります。その原因は、食品に含まれるチラミンという物質です。

なぜチラミンは危険なの?

チラミンは、チーズ、ソーセージ、味噌、醤油など、発酵や熟成した食品に自然に含まれるアミノ酸です。健康な人なら、体の中の酵素(モノアミン酸化酵素)がチラミンを素早く分解して、血圧を安定させます。

でも、MAOIを飲んでいると、この酵素が働かなくなります。MAOIは酵素に永久的に結合して、チラミンを分解できなくしてしまうのです。その結果、チラミンが腸から血液中に大量に吸収され、体内のノルアドレナリンを急激に放出します。これで血圧が一気に上昇します。

たった10〜25mgのチラミンで、収縮期血圧が30mmHg以上も上がることがあります。180/120mmHgを超えると、頭痛、動悸、吐き気、視覚障害、最悪の場合、脳出血や死に至る可能性があります。この反応は「チラミン圧上反応」と呼ばれ、緊急治療が必要です。

避けるべき食品リスト

MAOIを飲んでいる間は、チラミンが1食あたり6mg以上含まれる食品を絶対に避けてください。以下は危険な食品の具体的な例です。

  • 熟成チーズ:チェダーチーズ、スイスチーズ、ブルーチーズ(100gあたり50〜400mg)。新鮮なモッツァレラやクリームチーズは大丈夫です。
  • 乾燥・発酵肉:サラミ、ペッパーoni、ドライビーフ(100gあたり50〜100mg)。新鮮な鶏肉や豚肉は問題ありません。
  • 発酵大豆製品:味噌、醤油(100mlあたり30〜50mg)。市販の醤油は昔よりチラミンが少ない(約30mg)ですが、手作りのものは危険です。
  • 熟れすぎた果物:アボカド(熟れすぎると100gあたり10mg)。熟れていないものは大丈夫です。
  • 発酵飲料:生ビール(100mlあたり10〜30mg)。ワイン(10〜20mg)や蒸留酒は少量なら許可されています。

注意:冷蔵庫で保存していても、食品が古くなればチラミンは増えていきます。賞味期限が切れていないものでも、長く保存したチーズやソーセージは危険です。

安全な食品とは?

安心して食べられる食品もあります。これらはチラミンがほぼ含まれていないか、極めて少ないです。

  • 新鮮な肉・魚(冷蔵2日以内)
  • 新鮮な卵
  • 新鮮な野菜(レタス、キャベツ、ニンジンなど)
  • 白米、パン、パスタ
  • 牛乳、ヨーグルト、新鮮なチーズ(モッツァレラ、リコッタ)
  • 果物(バナナ、リンゴ、オレンジ、イチゴ)
  • 水、お茶、コーヒー(カフェインは問題ありません)

加工食品はラベルをよく見てください。発酵や熟成を示す言葉(「熟成」「天然発酵」「古熟」など)がついているものは避けてください。

救急室で血圧が急上昇した患者が頭を抱え、医師が駆け寄る様子。

MAOIの種類によって制限は違う

すべてのMAOIが同じように危険というわけではありません。

従来のMAOI(フェネルジン、トランシルキプロミン)は、酵素に永久的に結合するため、厳格な食事制限が必要です。

一方、セレギリンの貼り薬(エムサム)は、皮膚から吸収されるため、腸の酵素をあまり阻害しません。1日6mg以下の用量なら、チラミン制限が大幅に緩和されます。多くの患者がこの薬を選んでいるのは、食事の自由度が高いからです。

また、新しい可逆型MAOI(ベフロクサトン)は、臨床試験でチラミンとの相互作用がほとんどないことが確認されています。今後、さらに安全な選択肢が増えるでしょう。

他の薬との飲み合わせにも注意

MAOIは、他の薬とも危険な相互作用を起こします。

  • 風邪薬:フェニレフリンや pseudoephedrine(偽麻黄鹼)が含まれる薬は絶対に避けてください。血圧が急上昇します。
  • 他の抗うつ薬:SSRI(例:プロザック、シンレックス)やSNRI(例:ベンザブリン)と併用すると、セロトニン症候群を起こし、命に関わることがあります。MAOIをやめた後、少なくとも14日間は待たなければなりません。
  • 鎮痛薬:トリプタン系の頭痛薬(例:アミトリプタシン)も危険です。

どんな薬を新しく処方されても、必ず「MAOIを飲んでいる」と医師に伝えてください。歯科治療や麻酔の前にも、必ず申告しましょう。

新鮮な食事と危険な醤油を対比させた二段構成のシーン。

食事制限はいつまで続く?

MAOIをやめた後も、食事制限は続けなければなりません。なぜなら、MAOIが酵素に結合したまま、体が新しい酵素を作り出すまでに2〜4週間かかるからです。

薬をやめてから最低14日間は、チラミンの多い食品を避け、2〜4週間はより慎重になるのが安全です。医師の指示に従って、正確な期間を確認してください。

実践的なアドバイス

食事制限は大変に感じるかもしれませんが、次の方法で乗り越えられます。

  • 食事の記録をつける:食べたものとチラミン量をメモする。
  • スーパーで食品を選ぶときは、ラベルを読む習慣をつける。
  • 外食のときは、料理の調理法を必ず聞く。「熟成チーズは使っていますか?」「発酵ソースは使っていますか?」
  • 医療用アラートカードを携帯する:「MAOI服用中。チラミン制限が必要」と書いたカードを財布に入れておく。
  • 家族や友人に状況を説明する:緊急時に助けてもらえるように。

MAOIは、他の薬が効かない人にとっては「最後の切り札」です。食事制限は面倒ですが、正しい知識があれば、安全に生活できます。多くの患者が、この制限を守って、人生を取り戻しています。

よくある質問

MAOIを飲んでいるときにチーズを少し食べたらどうなる?

1口の熟成チーズでも、血圧が急上昇する可能性があります。たとえば、チェダーチーズ1切れ(約30mg)で、すでに安全基準(6mg)を大きく超えています。頭痛や動悸、息苦しさを感じたら、すぐに医療機関を受診してください。症状が軽くても、放置すると脳出血のリスクがあります。

醤油は絶対にダメ?市販の醤油は大丈夫?

伝統的な発酵醤油は、100mlあたり500mgのチラミンを含むことがあります。しかし、現代の市販醤油は加工方法が進化し、約30mgまで減っています。1回の料理で大さじ1杯(約15mg)なら、1食あたりの安全基準(6mg)を超えます。少量なら許容される場合もありますが、医師と相談の上で、1日あたりの総量を管理してください。味噌汁は1杯で20〜30mgになるため、避けるのが無難です。

生ビールと缶ビールの違いは?

生ビール(瓶や樽で提供されるもの)は、酵母が残っているため、チラミンが10〜30mg/100ml含まれます。一方、缶ビールや瓶ビールは、加熱処理で酵母が死んでいるため、チラミンはほぼゼロです。ただし、発酵タイプのクラフトビールは危険です。ラベルに「未殺菌」「天然発酵」とあるものは避けてください。

セレギリンの貼り薬は、すべての食事制限がなくなる?

いいえ。1日6mg以下の用量なら、チラミン制限は大幅に緩和されますが、完全に解除されるわけではありません。1日10mgを超えると、従来のMAOIと同様の制限が必要になります。また、アボカドや熟れたバナナ、発酵肉は依然として避けるべきです。医師と相談して、自分の用量に合った食事ルールを決めてください。

MAOIをやめた後、すぐに他の抗うつ薬を始めてもいい?

絶対にダメです。MAOIをやめてから、SSRIやSNRIを始めるまでに、少なくとも14日間の「ウォッシュアウト期間」が必要です。これは、MAOIが体内で完全に消えるまで待つためです。この期間を短縮すると、セロトニン症候群を起こし、死亡するリスクがあります。過去の症例では、この誤りが100%の致死率を記録しています。医師の指示を守って、絶対に無理をしないでください。