オピオイドとうつ病:気分の変化とモニタリングの重要性
- 三浦 梨沙
- 30 12月 2025
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PHQ-9 うつ病スクリーニングツール
このツールは、過去2週間の気分や感情状態を評価するための標準的なスクリーニングツールです。医師との相談を経て、適切な診断と治療を受けることが重要です。
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オピオイドは痛みを和らげる効果がある一方で、うつ病を悪化させる可能性があることが、近年の研究で明らかになっています。多くの人が、痛みがあるからオピオイドを処方され、その結果、気分が落ち込むという悪循環に陥っています。この関係は単なる偶然ではなく、生物学的・心理的・社会的な要因が複雑に絡み合った問題です。
オピオイドがうつ病を引き起こすメカニズム
オピオイドは脳内のμオピオイド受容体に作用して、一時的に気分を良くする効果があります。動物実験では、モルヒネやトラマドールなどのオピオイドが、うつ状態を示すマウスの動きを活発にし、抗うつ作用のように見えました。しかし、これは短期的な効果にすぎません。長期的に使えば、脳の自然なオピオイドシステムが壊れ始め、自分自身で気分を安定させる能力が失われます。
2020年のJAMA Psychiatryに掲載された遺伝子研究では、オピオイドの使用とうつ病の発症の間に因果関係があることが示されました。遺伝的にオピオイドを使いやすい傾向がある人は、うつ病になるリスクが統計的に有意に高かったのです。これは、単に「痛みが強い人がうつになる」のではなく、オピオイドそのものがうつ病の原因になり得ることを意味します。
さらに、1日あたり50mg以上のモルヒネ換算量(MED)を服用している患者では、うつ病のリスクが3.3倍にもなるというデータがあります。この量は、がんの痛みを抱える人にとっては普通かもしれませんが、慢性疼痛の患者にとっては非常に高い用量です。そして、用量が増えるほど、気分の落ち込み、興味の喪失、感情の麻痺といった症状が強くなる傾向があります。
うつ病があるとオピオイドの使用が長引く
逆に、うつ病を持っている人がオピオイドを処方されると、どうなるでしょうか?研究によると、うつ病のある患者は、ない患者の2倍も長期的なオピオイド使用に移行しやすいです。なぜでしょうか?
うつ病の人は、身体の痛みだけでなく、心の痛みも強く感じます。その結果、痛みを完全に取り除こうと、より強い薬、より長い期間の使用を求める傾向があります。医師も、患者の「痛みがひどい」という訴えを、うつ病の症状と混同して、オピオイドの処方を延長してしまうことがあります。
1000万人以上の患者のデータを分析した研究では、うつ病がある人は、オピオイドを長期使用するリスクが2倍にもなると報告されています。つまり、うつ病がオピオイドの使用を長引かせ、その使用がさらにうつ病を悪化させるという、悪循環が生まれているのです。
うつ病とオピオイドの共存率は驚異的
慢性疼痛の患者の30%~54%が、同時にうつ病を抱えているとされています。しかし、医療現場では、この共存が見落とされることが多いです。一般の医師がうつ病を正しく診断するのは、たった50%程度。つまり、半分以上の患者が、うつ病なのに「ただの痛み」だと扱われているのです。
ある病院のやけど患者の研究では、オピオイドの総投与量が多ければ多いほど、うつ病のスコアが高くなりました。これは、薬の量が増えるほど、心の状態も悪化していることを示しています。そして、週に1回以上オピオイドを非医療的に使用している人は、月に1回以下の人と比べて、うつ病になる確率がほぼ2倍にもなります。
モニタリングは、ただのチェックではない
オピオイドを処方する医師は、ただ「痛みが減ったか?」だけを確認してはいけません。気分の変化、眠りの質、友人との交流の減少、好きなことへの興味の喪失--これらは、うつ病の初期サインです。
アメリカの疼痛学会は、オピオイド治療を始める前に、PHQ-9といううつ病スクリーニングツールを必ず使うことを推奨しています。この質問紙は、9つの質問で、最近2週間の気分やエネルギー、集中力、自責感などを評価します。点数が10以上なら、うつ病の可能性が高いと判断されます。
しかし、実際の診療現場では、このチェックが行われているのは58%にすぎません。CDCのガイドラインでは「うつ病のリスクを評価すべき」と明記されていますが、2020年の調査では、オピオイドを処方する前にうつ病をチェックした医師はたった39%でした。
モニタリングは、1回のチェックではありません。最初の6ヶ月は、月に1回、その後は3ヶ月に1回、PHQ-9を再評価する必要があります。なぜなら、うつ病の症状は、オピオイドを始めた3ヶ月後に急に現れることが多いからです。
治療の選択肢:オピオイドだけに頼らない
オピオイドをやめろ、とは言いません。しかし、オピオイドだけに頼る治療は、危険です。
ある研究では、うつ病を認知行動療法(CBT)で治療した患者は、オピオイドの用量を32%も減らすことができました。痛みが減ったのではなく、心の負担が軽くなったことで、薬への依存が減ったのです。
また、バプレノルフィンという薬は、オピオイド依存症の治療に使われていますが、低用量(1~2mg/日)では、うつ病の改善にも効果があることが分かっています。ある研究では、治療抵抗性のうつ病患者の47%が、1週間で気分の改善を報告しました。しかし、この薬は、現在、うつ病の治療薬としてFDAの承認を受けていません。そのため、日本でも、この使い方は保険適用外です。
それでも、医師が「痛みと心の状態」を同時に見ることで、より安全な治療が可能になります。オピオイドの量を減らしながら、抗うつ薬や運動療法、心理療法を組み合わせるアプローチが、今後の標準になります。
患者ができること:自分の気分を記録する
医師に頼るだけでは、不十分です。あなた自身が、自分の気分の変化に気づくことが、命を守る第一歩です。
- 毎日、気分を1~10で評価してみる(1=最悪、10=最高)
- 「最近、好きな食べ物もおいしく感じない」「友達と話すのが面倒」と感じたら、それはうつ病のサイン
- 「眠れない」「朝起きられない」「集中できない」--これらは、痛みのせいではない可能性がある
- 薬の量が増えても、気分が良くならないなら、それは「薬が効いていない」のではなく、「薬が悪影響を及ぼしている」可能性がある
これらの変化をメモして、次に医師に診てもらうときに持っていく。それだけで、治療の方向が大きく変わります。
未来への道:研究が進む中で
2023年、米国国立衛生研究所(NIH)は、オピオイドとうつ病の脳のメカニズムをfMRIで調べる研究に420万ドルを投資しました。また、5000人の慢性疼痛患者を3年間追跡する大規模研究も進行中です。
今、科学者は、この矛盾を解き明かそうとしています:なぜ、短期的にはオピオイドが気分を良くするのに、長期的にはうつ病を引き起こすのか?
答えは、脳の「適応」にあります。短期間なら、オピオイドが脳の報酬系を刺激して気分を高める。しかし、長く使うと、脳は「自分自身で幸せを感じる力」を失ってしまうのです。これが、依存とうつ病の正体です。
だからこそ、オピオイドは「痛みを和らげる道具」であって、「心の薬」ではないのです。心の痛みには、心の治療が必要です。
オピオイドを飲んでいると、必ずうつ病になるのですか?
いいえ、必ずなるわけではありません。しかし、長期的に使用するほど、リスクは高まります。特に、1日50mg以上のモルヒネ換算量を服用している人や、うつ病の既往歴がある人は注意が必要です。多くの人は、痛みの改善に集中しすぎて、気分の変化を見逃しています。
うつ病の症状が出てきたら、オピオイドをやめればいいですか?
急にやめると、離脱症状や痛みの再燃が起こる可能性があります。まずは医師と相談し、段階的に用量を減らしながら、うつ病の治療を並行して始めるのが安全です。抗うつ薬や認知行動療法、運動療法が効果的です。
PHQ-9は、どこで受けられますか?
多くの病院や診療所で、紙またはタブレットで無料で受けられます。医師に「うつ病のスクリーニングを受けたい」と言えば、すぐに提供してくれます。自宅でもオンラインで無料版が利用できますが、結果は医師と共有して、専門的な判断を受けることが大切です。
バプレノルフィンは、うつ病の治療に使えるのですか?
低用量での使用は、臨床研究でうつ病の改善が報告されていますが、日本や米国では、まだうつ病の治療薬として正式に承認されていません。現在は、オピオイド依存症の治療にのみ保険適用されています。医師が「オフラベル使用」として処方することはありますが、それは例外的なケースです。
オピオイドの用量を減らすと、痛みが悪化しますか?
一時的に痛みが強くなることはありますが、長期的には、うつ病が改善することで、痛みの感じ方が変わることが多いです。心の負担が軽くなると、痛みへの耐性が上がり、薬に頼らないで生活できるようになる人もいます。痛みと心の状態は、密接に結びついています。