妊娠中に使える抗生物質:一般的な副作用と患者への相談ポイント
- 三浦 梨沙
- 20 10月 2025
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妊娠中の抗生物質安全性チェックツール
妊娠中の感染症治療に必要な抗生物質の安全性を、妊娠時期と感染症の種類に基づいて確認できます。医師の指示と合わせてご利用ください。
妊娠中に抗生物質が必要な理由
妊娠中は免疫力が少し低下するため、細菌感染にかかりやすくなります。尿路感染、歯周病、B群レンサ球菌の保菌、細菌性膣炎などは、放置すると早産や胎児の感染、胎盤機能障害につながる可能性があります。アメリカ疾病対策センター(CDC)のデータでは、妊娠中の女性の15〜20%が何らかの抗生物質を処方されています。つまり、妊娠中に抗生物質を飲むことは珍しいことではなく、むしろ適切に使えば母体と胎児の健康を守る重要な手段です。
妊娠中に安全とされる抗生物質の種類
すべての抗生物質が妊娠中に安全というわけではありません。安全とされる薬は、長年の研究と多数の妊婦データに基づいて分類されています。主に使われるのは、ペニシリン系とセファロスポリン系です。
- アモキシシリン(商品名:アモキシル、ラロチッド):最もよく使われる抗生物質の一つです。胎盤を通過しますが、胎児への影響は確認されていません。妊娠初期から出産直前まで安全とされています。
- アミンペンニシリン:アモキシシリンと同様に、妊娠中の尿路感染や歯科感染症に広く使用されています。
- セファレキシン(商品名:ケフレックス):ペニシリンアレルギーの妊婦に代替としてよく使われます。胎児への影響の報告はほとんどなく、妊娠全期間で使用可能です。
- クラインダマイシン(商品名:クリオシン、クリンダーメル):細菌性膣炎や歯科感染症に有効で、胎児への濃度は母体の30〜40%程度ですが、奇形のリスクは報告されていません。
これらの薬は、過去の数百万件の妊娠データで安全性が確認されており、アメリカ産婦人科学会(ACOG)やCDCが第一選択薬として推奨しています。
注意が必要な抗生物質
一方で、妊娠中に避けるべき抗生物質もあります。これらは胎児の発育に深刻な影響を与える可能性があります。
- テトラサイクリン系(ドキシサイクリンなど):妊娠5週以降は絶対に使用してはいけません。乳歯や永久歯に黄〜茶色の着色を引き起こし、骨の成長を妨げる可能性があります。
- スルファニルアミド系(バクトリム、セプトラ):妊娠初期に使うと神経管奇形(脊髄の異常)のリスクが2.6倍になる可能性があります。妊娠後期ならリスクは低いため、他の選択肢がない場合に限って使用されます。
- アミノグリコシド系(ゲンタマイシン、トブラマイシン):胎児の聴覚に影響を与える可能性があります。使用する場合は血液中の濃度を厳密に管理し、胎児の聴力障害のリスクを最小限に抑える必要があります。
- マクロライド系(エリスロマイシン、クラリスロマイシン):エリスロマイシンは比較的安全ですが、クラリスロマイシンは妊娠初期に使用すると新生児の幽門狭窄症のリスクが2.3倍になるという研究があります。アズithロマイシンは現在、安全性が確認されており、性感染症の治療に使われています。
メトロニダゾールとニトロフルラントイン:使い分けが重要
これらの薬は、妊娠中の使用に少し複雑なルールがあります。
- メトロニダゾール(商品名:フラギル、メトロゲル):妊娠初期には避けるべきとされています。動物実験で高用量時に遺伝子への影響が見られたため、理論的なリスクがあります。しかし、妊娠中期以降なら細菌性膣炎の治療に安全で有効です。特に、膣用ゲルは全身への吸収が少なく、リスクはほぼゼロです。
- ニトロフルラントイン(商品名:マクロビッド):妊娠初期に使うと口唇裂や口蓋裂のリスクがわずかに上昇します(2.4%)。しかし、妊娠中期以降は尿路感染の第一選択薬として推奨されています。なぜなら、胎盤への移行が少なく、胎児への影響がほとんどないからです。
つまり、薬の選択は「いつ」使うかがとても重要です。医師は、どの時期にどんな感染症があるかを踏まえて、最も安全な薬を選ぶのです。
よくある副作用と対処法
妊娠中でも、安全な抗生物質でも副作用は起こります。ただし、ほとんどの副作用は軽く、一時的です。
- 下痢:5〜25%の人に見られます。特にアモキシシリンやクラリスロマイシンで多いです。1〜2日で治る場合は様子を見ますが、3日以上続く、血便がある、高熱が出る場合は、クロストリジオイデス・ディフィシルという危険な腸内細菌の感染の可能性があります。すぐに医師に連絡してください。
- 吐き気・胃の不快感:アモキシシリンを空腹で飲むと起こりやすいです。食事と一緒に飲むと軽減されます。無理に飲まないで、医師に相談して食事のタイミングを調整しましょう。
- かゆみや発疹:これはアレルギーの可能性があります。特にペニシリン系に「アレルギーがある」と言われている人の90%は、実際にはアレルギーではありません。皮膚テストや経口負荷試験で確認できます。アレルギーと誤解していると、よりリスクの高い薬を処方される可能性があります。
患者への相談:なぜこの薬なのか、ちゃんと説明する
抗生物質を処方されるとき、ただ「これを飲んでください」と言われるのではなく、しっかり説明を受けることが大切です。医療者が伝えるべき4つのポイントがあります。
- 感染症のリスク:「この尿路感染を放置すると、早産のリスクが50〜70%上昇します」と具体的に説明されます。
- 薬の安全性の根拠:「アモキシシリンは、13万件以上の妊娠データで、胎児の奇形リスクが上がっていないことが確認されています」と、研究データを簡潔に伝えます。
- 副作用の予測と対処:「2日目くらいに吐き気が出るかもしれません。食後に飲むと楽になります。下痢が3日以上続く場合は連絡してください」と、何が起こるかを事前に知らせます。
- 薬を最後まで飲むことの重要性:「症状がよくなっても、薬を途中でやめると、耐性菌が残って再発する可能性があります。完全に飲みきってください。」
2021年の研究では、こうした丁寧な説明を受けた妊婦は、薬を勝手にやめてしまう割合が37%減り、治療の継続率が29%向上しました。情報が明確だと、不安が減り、安心して治療に臨めるのです。
最新の動向:妊娠中の薬の研究が進んでいる
過去、妊娠中の女性は臨床試験から除外されていました。そのため、新しい薬の安全性データが不足していました。しかし、2023年以降、状況が変わり始めています。
- 米国FDAは、妊娠中の女性を臨床試験に含めるよう製薬会社に促しています。
- 米国国立衛生研究所(NICHD)は2024年から、1万5000人の妊婦を対象に、抗生物質の長期的な影響を追跡する大規模研究を開始しました。
- ACOGは2024年、アズithロマイシンの安全性を再確認し、心臓の奇形リスクはないと発表しました。これにより、性感染症の治療に使う機会が増えています。
今後、妊娠中の薬の選択肢はさらに広がる見込みです。ただし、2030年までに、60〜70%の抗生物質は依然として十分なデータがないままと予測されています。だからこそ、現在の情報に基づいて、正しい判断を下すことが重要です。
まとめ:安全に使うための3つのルール
- 「抗生物質は必要なら使う」:感染症を放置する方が、胎児にとって危険です。医師の判断を信じて、必要な薬は正しく使いましょう。
- 「薬の種類と時期を確認する」:「安全」と言われる薬でも、妊娠初期と後期では使い方が変わります。いつ使うかが、安全性を左右します。
- 「副作用は報告する」:ちょっとした吐き気や下痢でも、医師に伝えてください。それは、あなたと赤ちゃんを守るための情報です。
妊娠中は、自分や赤ちゃんの健康を守るために、薬に対する疑問を抱くのは当然です。でも、正しい知識と丁寧な説明があれば、不安は大きく減ります。あなたの体と、あなたの赤ちゃんを守るために、医療チームと信頼関係を築いてください。
妊娠中にアモキシシリンを飲んでも大丈夫ですか?
はい、アモキシシリンは妊娠中に最も安全とされる抗生物質の一つです。胎盤を通過しますが、過去の多数の研究で、胎児の奇形や発育障害のリスクが増加していないことが確認されています。尿路感染や歯周病、B群レンサ球菌の予防など、さまざまな状況で第一選択薬として使われています。妊娠初期から出産直前まで、安心して使用できます。
抗生物質を飲んでから、赤ちゃんに影響が出るまでどれくらいかかりますか?
抗生物質の影響は、飲んだ直後に現れることはありません。胎児への影響は、主に「胎児の器官形成期」(妊娠3〜8週)に起こる可能性があります。この時期に、奇形を引き起こす可能性のある薬を飲むと、その影響が後から分かることがあります。しかし、アモキシシリンやセファレキシンなどの安全な薬は、この時期でも問題ありません。副作用(下痢や吐き気)は、飲んで数時間〜数日で現れることがありますが、これらは胎児には影響しません。
ペニシリンアレルギーがあるのですが、妊娠中はどうすればいいですか?
「ペニシリンアレルギー」と診断された人の90%は、実際にはアレルギーではありません。過去に発疹が出た程度の軽い反応だったり、ウイルス感染と混同されていたりすることが多いです。妊娠中は、安全な薬の選択肢が限られるため、アレルギーの誤診は大きなリスクになります。皮膚テストや経口負荷試験で、本当にアレルギーかどうかを確認することを強くおすすめします。もし本当にアレルギーなら、セファレキシンやクラインダマイシンが代替薬として安全に使えます。
妊娠中にメトロニダゾールを飲むと、赤ちゃんにがんのリスクが高まりますか?
いいえ、その心配は必要ありません。メトロニダゾールは、マウスやラットに極めて高い用量(人間の50〜100倍)を与えた実験で、遺伝子への影響が見られました。しかし、人間の妊婦への研究では、このリスクは確認されていません。妊娠中期以降に使用した場合、胎児の奇形やがんのリスクは、使用していない妊婦と変わりません。膣用ゲルなら、全身への吸収がほとんどないため、より安全です。医師が「妊娠中期以降なら大丈夫」と言うのは、この科学的根拠に基づいています。
抗生物質を飲んだ後、母乳育児はできますか?
はい、ほとんどすべての妊娠中に安全とされる抗生物質は、母乳育児にも安全です。アモキシシリン、セファレキシン、クラインダマイシンは、母乳にごく少量しか移行せず、乳児に影響を与えることはほとんどありません。メトロニダゾールも、短期間の使用なら母乳育児を続けることができます。ただし、クラリスロマイシンやテトラサイクリンは母乳への移行が多いため、授乳中は避けるべきです。薬を飲む前に、医師に「母乳育児をしている」と伝えることが大切です。