騒音暴露限界:職場とコンサートでの聴力保護
- 三浦 梨沙
- 29 12月 2025
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騒音はあなたの耳を徐々に壊している
毎日、あなたは知らないうちに耳を傷つけているかもしれません。工場の機械の音、電車の音、ヘッドホンの音、そしてコンサートの爆音。どれも、一回だけなら大丈夫だと思われがちですが、騒音暴露限界を超えると、耳の細胞は二度と元に戻らないほど損傷を受けます。日本でも、職場での騒音による難聴は年々増加しています。厚生労働省のデータによると、職業性難聴は労災認定の上位にランクインし、その多くは予防できたものです。
どの音量から危険なのか?
世界中の専門機関は、85デシベル(dBA)を基準にしています。これは、8時間連続で聞いていると、耳にダメージを及ぼす可能性があるレベルです。たとえば、オフィスのエアコンの音は約40dBA、普通の会話は60dBAですが、ドリルの音は約100dBA、コンサートの前の方では110dBA以上になることもあります。85dBAを超えると、耳は「危険モード」に入ります。
ここで重要なのは、音量が3dBA上がると、安全な暴露時間は半分になるということです。つまり、85dBAでは8時間までOKですが、88dBAでは4時間、91dBAでは2時間、94dBAでは1時間、100dBAでは15分しか安全ではありません。これは、アメリカ国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が推奨するルールで、科学的に最も安全な基準とされています。一方、日本の労働安全衛生規則は、90dBAを基準としています。この5dBAの差は、実は音のエネルギーで言うと約50%の違いになります。つまり、90dBAで働く人は、85dBAで働く人よりずっと大きなリスクを背負っているのです。
職場では何が義務付けられているのか?
日本では、労働安全衛生規則により、作業場の騒音が85dBAを超えると、耳栓や防音ヘッドホンの着用が義務になります。90dBAを超えると、会社は音の減衰工事を行うか、作業時間を短縮するなどの対策を取らなければなりません。しかし、実際には、多くの現場で「耳栓は面倒だから」「着けても聞こえなくなる」という理由で、正しく使われていません。
NIOSHの研究では、耳栓の正しい着用方法を現場で実際に教えるトレーニングを実施したところ、着用率が40%から85%に跳ね上がりました。つまり、単に「着けなさい」と言うのではなく、どうやって着けるか、どうやってフィットさせるかを丁寧に教えることが重要です。耳栓の種類もさまざまです。プラスチックの一次使用型、泡タイプ、カスタムフィットの耳栓、そして電気式で音を調整する「スマート耳栓」まであります。音楽を楽しみたいミュージシャンや、工場で働く人向けに、音を減衰させながら人との会話が聞き取りやすい製品も開発されています。
コンサートは安全なのか?
コンサートやクラブでは、音量が110dBAを超えるのが普通です。このレベルで1時間いると、耳の感覚が一時的に鈍くなる「一時的閾値シフト」が起こります。多くの人が「大丈夫、明日には治る」と思いますが、この状態が繰り返されると、永久的な難聴に変わります。世界保健機関(WHO)は、個人オーディオ機器の使用を週40時間以内、音量を80dBA以下に抑えるよう推奨しています。
しかし、コンサート会場では、まだ対策が遅れています。ヨーロッパの一部のイベントでは、音量計を会場に設置し、リアルタイムで音量を表示する試みが始まっています。また、無料で耳栓を配布するイベントも増えています。例えば、アメリカの音楽フェスティバル「Lifehouse」では、75%の来場者が耳栓を受け取って使用しています。日本でも、近年、一部の音楽イベントで「静かなエリア」を設け、音量を70dBA程度に抑えた休憩スペースを提供する動きが広がり始めています。
耳のダメージは気づかないうちに進む
騒音性難聴の怖いところは、痛みがなく、気づきにくいことです。最初は、高音が聞き取りにくくなるだけ。電話の音が聞き取りづらかったり、会話の中で「は?」と聞き返す頻度が増えたりします。でも、それは「年齢のせい」と思いがちです。しかし、20代でこうした症状が出ているなら、それは年齢ではなく、騒音のせいかもしれません。
アメリカのCDCのデータでは、難聴の約24%が騒音によるものとされています。しかも、これは完全に予防可能なものです。耳の細胞は再生しません。一度失われた聴力は、補聴器で補える部分はあっても、元に戻ることはありません。だからこそ、今すぐ行動することが大切です。
あなたができること:3つの簡単な対策
- 音量を下げる:ヘッドホンを使うときは、音量を最大の60%以下に。1時間聴いたら、10分は耳を休ませる。
- 耳栓を常備する:コンサートや工事現場、電車の混雑時など、騒音の高い場所に行くときは、100円ショップでも売っている耳栓をポケットに入れておく。ちゃんとフィットすれば、20dBA以上の減衰効果があります。
- 定期的に聴力検査を受ける:職場で年1回の検査が義務付けられているなら、必ず受ける。自宅でも、無料の聴力チェックアプリ(JAMA Otolaryngologyで検証済み)を使って、毎月チェックする習慣をつけましょう。
未来への動き:規制は徐々に厳しくなる
2024年、欧州連合(EU)は、コンサート会場のスタッフにも職場と同じ保護規則を適用する方向で議論を始めました。日本でも、労働安全衛生の見直しの中で、85dBAを基準にすることへの動きが徐々に広がっています。すでに、カリフォルニア州やオーストラリアでは、85dBAが法的基準として定められています。
また、音楽アプリのSpotifyやApple Musicは、音量が85dBA相当を超えると「耳を守るために音量を下げましょう」と警告する機能を搭載しています。これは、個人の意識を変えるための大きな一歩です。
耳は、二度と戻らない貴重な器官
耳は、音を聞くだけでなく、バランスを保つ役割も担っています。騒音で耳を傷つけると、単に音が聞こえにくくなるだけでなく、めまいや集中力の低下、ストレスの増加にもつながります。あなたの耳は、今、どんな音にさらされていますか? 工場の音、電車の音、ヘッドホンの音、コンサートの音--どれも、あなたが「普通」だと思っている音かもしれません。でも、その「普通」が、あなたの聴力を奪っているかもしれません。
今日から、耳を守る習慣をひとつでも始めてください。耳栓を一つ手に取る。音量を一割下げる。10分間、静かな場所で休む。小さな行動が、20年後のあなたの耳を守ります。
騒音性難聴は治るのですか?
いいえ、騒音性難聴は一度起こると治りません。耳の中の毛細胞が損傷すると、二度と再生されません。補聴器や人工内耳で音を補うことはできますが、元の聴力に戻すことはできません。だから、予防が唯一の方法です。
耳栓は本当に効果があるのですか?
はい、正しく使えば非常に効果があります。市販の泡タイプの耳栓は、15~30dBの音を減衰させます。コンサートで110dBの音を聞く場合、耳栓をつければ80~95dBまで下げることができます。これは、耳へのダメージを大幅に減らすレベルです。ただし、耳栓をしっかり耳に挿入しないと効果が半減します。練習して、フィット感を確認しましょう。
コンサートで耳栓をつけると音が悪くなるのでは?
安い耳栓は音がこもって聞こえますが、音楽用の高品質耳栓(ミュージシャン用耳栓)は、音のバランスを保ちながら音量だけを下げる設計になっています。これを使えば、低音も高音も自然に聞こえ、音楽の魅力を損なわず、耳を守れます。多くの音楽フェスで無料配布されています。
職場で耳栓をつけると、上司に怒られませんか?
いいえ、むしろ正しくつけることは会社の義務です。日本では、85dBA以上の環境では、耳栓の着用を義務づける必要があります。耳栓をつけることは、あなたの健康を守るための権利であり、会社が提供すべき安全対策の一部です。つけることを躊躇する必要はありません。
スマホの音量計アプリは信頼できますか?
はい、2023年にJAMA Otolaryngologyで発表された研究では、最新のスマホアプリが専用の音響計と92%の一致率で音量を測定できると確認されています。無料アプリで「dB Meter」や「Sound Meter」を検索すれば、簡単に使えるものがあります。コンサートや工事現場に行く前に、その場の音量をチェックしてみましょう。