特許満期に備える:患者と医療システムが取るべき対策
- 三浦 梨沙
- 14 11月 2025
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2025年から2029年にかけて、世界の医薬品市場では900億ドル以上の売上高が特許満期によって失われます。これは、ブランド薬がジェネリックやバイオシミラーと競合し始める瞬間。患者にとっては薬の価格が大幅に下がるチャンスですが、同時に薬の切り替えや副作用の不安、医療機関の混乱を招くリスクも伴います。この変化は突然起こるわけではありません。事前に準備していれば、コスト削減と安全な治療を両立できます。
特許満期とは何か?なぜ重要なのか
医薬品の特許は、開発者が新薬を市場に投入してから20年間、他の企業が同じ薬を売ることを防ぐ法律的保護です。しかし、実際には臨床試験や承認手続きに7~10年かかるため、市場で独占的に売れる期間はたった7~10年ほどです。この期間が終わると、他のメーカーが「ジェネリック医薬品」を販売できるようになります。
ジェネリックは、有効成分が同じで、効果や安全性がブランド薬と同等と認められた薬です。価格は通常、ブランド薬の80~85%安くなります。例えば、月額1万円の薬が、特許満期後には2000円以下になることも珍しくありません。これは、患者の自己負担や医療保険の負担を大きく減らす可能性があります。
しかし、すべての薬が同じように安くなるわけではありません。複雑な生物由来の薬(バイオ薬)には「バイオシミラー」という類似薬が登場しますが、製造が難しく、価格下落は20~40%程度にとどまります。また、製薬会社は特許を「重ねて」申請する戦略(特許の厚い壁)を使い、ジェネリックの市場参入を遅らせることがあります。たとえば、薬の形を少し変えたり、長時間効果が持続する製剤に変えたりして、新しい特許を取得するのです。
患者がすべきこと:薬の切り替えに備える
特許満期が近づくと、あなたの処方薬がジェネリックに切り替わる可能性があります。これは必ずしも悪いことではありませんが、注意が必要です。
- 医師や薬剤師に「この薬の特許はいつ切れるか?」と聞いてください。多くの場合、薬局のシステムはその情報を把握しています。
- ジェネリックに切り替わった後、体に変化を感じたら(眠気、頭痛、胃の不快感など)、すぐに医療機関に連絡してください。ジェネリックは有効成分が同じですが、添加物(着色料、安定剤など)が違うため、一部の患者に影響が出ることがあります。
- 「ジェネリックは効かない」という誤解がありますが、日本や米国では、ジェネリックはブランド薬と80~125%の「生体内同等性」を満たすことが法律で定められています。つまり、効果の差はほとんどありません。
- 複数のジェネリックが同時に市場に出た場合、価格が異なることがあります。薬局で「最も安いもの」を聞いてみましょう。保険適用の範囲内で、自分で選べる場合もあります。
特に慢性疾患(高血圧、糖尿病、アトピー、関節炎など)で長く薬を飲んでいる人は、切り替え時の不安が大きくなります。2022年の調査では、37%の患者がジェネリックに変更した後に何らかの不調を報告しています。これは薬そのものの問題ではなく、体が新しい添加物に慣れていないだけのこともあります。無理に切り替えず、医師と相談しながら段階的に変えることが大切です。
医療システムがすべきこと:2年前から計画を始める
病院や保険者(健康保険組合、国保など)は、単に薬の価格が下がるのを待つだけでは損をします。特許満期の2年前から、本格的な準備を始める必要があります。
- 「特許満期カレンダー」を作成する。米国では年間1,400以上の特許満期日を追跡する必要があります。日本でも、2025年以降、がん治療薬や免疫系の薬の特許が次々と切れる予定です。
- ジェネリックの供給状況を確認する。新しく市場に出たジェネリックは、最初の3~6ヶ月で在庫不足になることがあります。製薬会社の生産能力が追いつかないためです。
- 医師に「ジェネリックへの切り替えガイドライン」を提供する。医師の中には、「ブランド薬の方が信頼できる」と思い込んでいる人もいます。データと臨床証拠をもとに、ジェネリックの安全性と有効性を説明する必要があります。
- 薬剤師と連携して、患者への説明文書を用意する。切り替えの理由、注意点、問い合わせ先をわかりやすく伝えることで、患者の不安を減らし、薬を飲み忘れることを防げます。
実際に、24ヶ月前に準備を始めた医療機関は、12ヶ月前に始めたところより、22%もコスト削減が大きかったという調査結果があります。1つの薬で平均470万円の節約が可能になります。これは、病院の予算を他の治療や設備に回す余力を生み出します。
バイオシミラーの現状:大きなチャンスだが、導入が遅い
がんやリウマチ、潰瘍性大腸炎などの治療に使われる「バイオ薬」は、化学的に作られた薬とは異なり、生きた細胞を使って作られます。そのため、ジェネリックのように簡単に作れません。代わりに「バイオシミラー」という類似薬が登場します。
バイオシミラーは、ブランド薬とほぼ同じ効果を持ちますが、価格は20~40%安くなるだけです。米国では、バイオシミラーの処方率は2年経っても38%にとどまっています。一方、小分子薬のジェネリックは90%以上に達しています。
なぜこんなに遅いのか?
- 医師が「同じ効果とは限らない」と不安に思っている
- 製薬会社がバイオ薬の販売を守るために、医師に特別な支援を提供している
- 保険がバイオシミラーの使用を促すインセンティブを十分に用意していない
しかし、2028年までにバイオシミラー市場は150億ドルの節約を生むと予測されています。日本でも、2025年以降、アダリムマブ(ヒュミラ)やエタネルセプト(エンブレル)などの特許が切れる予定です。医療システムは、このタイミングでバイオシミラーの導入を積極的に進めるべきです。
問題点と解決策:なぜ計画がうまくいかないのか
多くの医療機関が、特許満期の準備に失敗する理由は3つあります。
- 特許の期限を誤解している:製薬会社が「二次特許」を申請して、実際の満期日より遅くまで独占を維持することがあります。2022年の調査では、45%の医療機関が予想より遅い満期日を経験しています。
- 価格が見えない:保険会社や薬価制度が複雑で、実際の価格(手取り価格)がわかりません。ブランド薬は「リベート」で安くなっているように見せかけて、実際は高価なままというケースも。
- 医師の抵抗:62%の医師が、ジェネリックやバイオシミラーの効果に疑問を抱いています。これは、教育不足と情報の非対称性が原因です。
解決策は明確です:
- 「特許満期予測ソフト」を使う(例:Symphony HealthのPatentSight)
- 薬剤師、医師、経理担当が集まる「特許満期対策チーム」を設置する
- 患者向けの「切り替えサポートプログラム」を導入する
これらの対策を取った医療機関では、患者の薬の中断率が35%減ったというデータもあります。
未来への道:制度が変わる可能性
2024年、米国では「医薬品特許改革法案」が議会で審議されています。この法案が通れば、ジェネリックの市場参入が6~9ヶ月早まる可能性があります。日本でも、同様の動きが徐々に広がりつつあります。
また、2026年からは、米国のメディケアが一部の高価な薬の価格を直接交渉する制度が始まります。これは、特許満期後でも高値を維持しようとする製薬会社に大きな圧力をかけます。
今後は、単に「薬が安くなる」だけでなく、医療全体の価値(患者の生活の質、継続的な治療、コストの透明性)を高めるためのシステムが求められます。特許満期は、医療の「コストと質」のバランスを見直す絶好の機会です。
ジェネリック医薬品は安全ですか?
はい、安全です。ジェネリックは、有効成分、用量、投与方法がブランド薬とまったく同じで、厚生労働省やFDAなどの規制機関が「生体内同等性」を確認した上で承認されます。効果の差は統計的に意味のあるレベルではありません。ただし、添加物が異なるため、まれにアレルギー反応や胃の不快感が出ることがあります。その場合は医師に相談してください。
特許満期が近い薬は、どうやってわかりますか?
薬局や病院の薬剤師に聞くのが一番です。また、厚生労働省や日本ジェネリック医薬品協会のウェブサイトで、今後2~3年で特許が切れる主要薬品の一覧が公開されています。例えば、2025年には糖尿病薬の「リラグリプチン」、2026年にはがん治療薬の「アバスチン」の特許が切れる予定です。
バイオシミラーとジェネリックの違いは何ですか?
ジェネリックは、化学的に合成された小分子薬のコピーです。一方、バイオシミラーは、生きた細胞で作られた複雑なタンパク質薬(バイオ薬)の類似品です。バイオシミラーは、完全に同じには作れず、わずかな違いが生じます。そのため、承認基準が厳しく、開発にも時間がかかります。価格の下がり方も、ジェネリックほど大きくありません。
特許満期で薬が切り替わったら、保険の自己負担は減りますか?
はい、減ります。ジェネリックやバイオシミラーは、保険適用の薬価が低く設定されるため、患者の自己負担額も下がります。特に、月に何度も薬を飲む慢性疾患の患者にとっては、年間で数万円の節約になることもあります。薬局で「ジェネリックに変更しますか?」と聞かれたときは、積極的に選択しましょう。
病院が特許満期をうまく対応できていないと、患者にどんな影響がありますか?
対応が遅れると、2つの問題が起きます。一つは、ジェネリックがまだ市場に出ていないため、高価なブランド薬を続けなければならないことです。もう一つは、ジェネリックが突然入荷したときに、在庫不足や薬の種類が多すぎて、処方が混乱することです。その結果、薬を飲み忘れる、間違った薬を飲む、あるいは治療を中断してしまうリスクが高まります。事前の準備が、患者の安全を守ります。