未来の経済トレンド:ジェネリック医薬品市場の予測
- 三浦 梨沙
- 12 12月 2025
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2025年現在、世界のジェネリック医薬品市場は大きな転換点に差し掛かっています。特許切れが続く大ヒット薬の波、高齢化の進行、医療費抑制への圧力--これらが重なり、安価で効果的な薬の需要が急増しています。2024年の市場規模は4880億〜4910億ドルと推定され、2030年には6400億〜8000億ドルに達すると見込まれています。成長率は年平均5〜8%と幅がありますが、どの分析でも「今後10年で市場は大きく膨らむ」という点で一致しています。
ジェネリック医薬品とは何か
ジェネリック医薬品とは、ブランド薬と同じ有効成分、用量、効果、安全性を持つ薬です。特許が切れた後、他のメーカーが同じ薬を安く作って販売できます。アメリカでは1984年のハッチ・ワクスマン法で、簡略新薬申請(ANDA)という制度が作られ、ジェネリックの市場が本格的に始まりました。日本でも、2000年代以降、医療費削減のため、ジェネリックの使用を促す政策が強化されています。現在、世界中で処方される薬の約90%がジェネリックです。患者にとっては価格が30〜90%安くなり、医療システム全体の負担を減らす重要な存在です。
成長の主な原動力
ジェネリック市場を後押ししているのは、何より「特許切れの波」です。2025年から2030年にかけて、年間2170億〜2360億ドルの売り上げを生んでいたブランド薬が特許を失います。特に注目されるのは、がんや免疫疾患の治療薬。ウステキヌマブやベドリズズマブといった高価な生物製剤(バイオ薬)が特許切れを迎え、その代替として「バイオシミラー」が台頭しています。バイオシミラーは、ジェネリックよりも開発が難しく、価格も高いですが、2030年までに年間8.2%の成長率で拡大すると予測されています。
もう一つの要因は、高齢化と慢性疾患の増加です。糖尿病、高血圧、肥満の患者数は世界中で増え続けています。これらの病気は長期間薬を飲み続ける必要があり、ジェネリックがなければ医療費が持ちません。特にGLP-1受容体作動薬(リラグリュチドなど)のジェネリック開発が進んでおり、2025年以降、市場に大量投入される見込みです。
地域ごとの市場の違い
ジェネリック市場は、地域によってまったく違う様相を見せています。
- アジア太平洋:成長率が世界で最も高く、2025〜2030年の年平均成長率は8.19%。インドは世界のジェネリック供給の20%を担い、ワクチンの60%を生産しています。中国は「数量ベースの調達」で価格を大幅に引き下げ、世界の価格基準を変えてきました。
- ヨーロッパ:ドイツと英国がリーダー。EUはバイオシミラーの承認を早める制度を整え、公的保険が早期に採用する仕組みができています。
- アメリカ:最大の市場ですが、競争が激しく、価格が下がり続けています。テバ、ビアトリス、サンダーズなどの大手メーカーがしのぎを削っています。
- ラテンアメリカ・中東・アフリカ:まだ市場が未発達ですが、ブラジルやメキシコ、南アフリカで医療インフラの整備が進み、ジェネリックの利用が徐々に広がっています。
バイオシミラーの台頭と複雑化する技術
昔のジェネリックは、単純な化学薬品(小分子)が中心でした。しかし、今後は「複雑な薬」が主流になります。バイオシミラーは、細胞を使って作るタンパク質薬で、製造が極めて難しく、品質管理も大変です。そのため、開発には数年と数十億円の投資が必要です。
しかし、この難しさが逆にチャンスになっています。バイオシミラーの市場は、2030年までに250億ドル規模になると予測されています。特に、がん治療や自己免疫疾患の薬で、既存のブランド薬(例:デュピクセント、スクリジ)の特許が切れるタイミングが近づいています。早期に開発に乗り出した企業が、市場を独占する可能性が高いのです。
製造技術も進化しています。ヨーロッパでは、ロボットによる自動化が導入され、品質の安定とコスト削減が実現されています。また、薬の服用をサポートするデジタルツール(例:服薬アラートアプリ)も、ジェネリックの継続利用を促す要因になっています。
競争の現状と企業の動き
インドと中国が、ジェネリックの製造の中心地になっています。インドの製薬企業は、低コストで大量生産する能力に優れ、世界中の医療機関に供給しています。中国は、国内で大量購入する制度(数量ベース調達)を強化し、価格を圧迫することで、世界の価格ラインを引き下げています。
一方で、欧米の企業は、競争に勝つために「差別化」を図っています。たとえば、製造工場を複数国に分散させ、供給リスクを減らす「二重供給体制」を導入する企業が増えています。東南アジアでは、複数の国が共同で調達する試みが始まり、地域内に製造拠点を置く企業が優遇されるようになっています。
大手メーカーは、単なる価格競争から脱却し、品質の信頼性や、製造の透明性をアピールする方向にシフトしています。特に、バイオシミラーでは、薬の副作用を監視する「薬物警戒」の体制が、企業の競争力の一部になっています。
今後の課題とリスク
成長は確実ですが、課題も山積みです。
- 価格の下落:中国やヨーロッパの調達制度で、価格が急落。利益率が縮小し、中小メーカーが撤退するリスクがあります。
- 特許訴訟:ブランド薬メーカーが特許の有効性を争う訴訟を起こすケースが増えています。これにより、ジェネリックの市場参入が遅れることがあります。
- 技術の壁:複雑な薬の開発には、高度な技術と資金が必要。新規参入が難しくなっています。
- 規制の変化:FDAやEMA(欧州医薬品庁)の承認基準が厳しくなれば、開発に時間がかかり、コストが増します。
しかし、これらのリスクを乗り越えられるのは、技術力と供給網を備えた大手企業です。中小メーカーは、特定の薬に特化したり、地域のニーズに応える戦略で生き残る道を模索しています。
将来の展望:2030年以降
2030年以降、ジェネリック市場はさらに複雑化します。バイオシミラーが市場の主流になり、小分子ジェネリックの割合は徐々に減るでしょう。一方で、糖尿病や肥満の治療薬(GLP-1)のジェネリックが、世界中で爆発的な需要を生むと予想されています。
また、医療システム全体が「価格ではなく価値」を重視する方向に進んでいます。つまり、薬が安いかどうかだけでなく、「どれだけ患者の生活を改善するか」が評価されるようになるのです。ジェネリックメーカーは、単に安く作るだけでなく、服薬の継続率を上げるためのサポートや、データを使った効果の証明を強化しなければなりません。
結論として、ジェネリック医薬品は、これからも世界の医療を支える基盤です。価格が安いだけの薬ではなく、科学的根拠に基づき、信頼できる品質で提供される「医療インフラ」の一部として、今後も成長を続けるでしょう。その成長は、患者の命を守るだけでなく、国々の医療費を守る鍵でもあります。
ジェネリック医薬品は安全ですか?
はい、ジェネリック医薬品はブランド薬と同等の安全性と有効性が確認されています。FDAやEMA、日本の厚生労働省は、ジェネリックがブランド薬と同じ有効成分、用量、吸収速度、効果を持つことを厳格に検証して承認しています。実際、世界中で何十億人もの患者がジェネリックを安全に使用しています。
なぜジェネリックは安いのですか?
ジェネリックメーカーは、新薬の開発にかかる膨大な研究費や臨床試験の費用をかけません。ブランド薬の有効成分が既に証明されているため、製造と品質管理だけに集中できるからです。そのため、開発コストはブランド薬の10〜20%程度で済み、価格を大幅に下げられます。
バイオシミラーとジェネリックの違いは何ですか?
ジェネリックは化学的に合成された小分子薬のコピーで、製造が比較的簡単です。一方、バイオシミラーは、細胞を使って作る複雑なタンパク質薬(生物製剤)のコピーです。分子構造が非常に複雑で、完全に同じものは作れません。そのため、安全性と有効性を証明するために、より多くの試験が必要で、開発コストも高くなります。
日本ではジェネリックの使用率はどれくらいですか?
2025年現在、日本のジェネリック使用率は約80%と、先進国の中でも高い水準です。政府は2020年までに90%を目指す目標を掲げ、医師や薬剤師にジェネリックの積極的な処方を促しています。特に高齢者や慢性疾患患者の薬代を減らすために、重要な政策の一つです。
ジェネリック市場の成長は、ブランド薬メーカーに悪影響ですか?
はい、特許切れ後はブランド薬の売上が急激に落ちます。しかし、大手メーカーはジェネリック市場にも参入しています。例えば、ノバルティスはサンダーズ、ファイザーはアモネアルと提携し、自社のブランド薬のジェネリックも販売しています。つまり、ブランドとジェネリックの両方で利益を上げる「二重戦略」が主流になっています。