血管炎:免疫系の誤作動で血管が炎症を起こす病気
- 三浦 梨沙
- 5 12月 2025
- 3 コメント
血管炎は、免疫システムが自分の血管を「異物」と誤認して攻撃してしまう、めずらしい自己免疫疾患の一群です。血管の壁が炎症を起こし、血流が阻害されると、臓器に酸素や栄養が届かなくなり、最悪の場合、組織が壊死する可能性があります。この病気は、皮膚に小さな赤い斑点が出る程度の軽い症状から、腎臓や肺、脳に深刻なダメージを与える重篤な状態まで、幅広く現れます。早期に見つけて治療を始めないと、命に関わるほどの臓器損傷を引き起こすことがあります。
血管炎は血管の太さで分類される
血管炎は、どのくらいの太さの血管が炎症を起こしているかで大きく3つに分類されます。この分類は、診断や治療方針を決める上でとても重要です。
- 大血管炎:大動脈やその主要な枝(頸動脈、鎖骨下動脈など)が影響を受けます。代表的なのは「巨細胞動脈炎」で、50歳以上の人によく見られます。特に頭の両側の側頭動脈が腫れて、頭痛や顎の痛み、視力低下を起こします。もう一つの「高安動脈炎」は若い女性に多く、手足の脈が弱くなったり、血圧の差が生じたりします。
- 中血管炎:中程度の太さの血管、特に心臓や腎臓、腸の動脈が侵されます。「多発性動脈炎」がこれにあたり、発熱、体重減少、腹痛、神経障害が特徴です。子供に多い「川崎病」も中血管炎の一種で、高熱が5日以上続き、手足の腫れや目や口の粘膜の赤みが現れます。放置すると、冠動脈に瘤(りゅう)ができ、心臓発作のリスクが高まります。
- 小血管炎:毛細血管や小さな静脈・動脈が炎症を起こします。このタイプは、血液検査で見つかる「ANCA」という自己抗体と強く関係しています。代表的なのは「肉芽腫性多血管炎(GPA)」、「微小血管炎(MPA)」、「好酸球性多血管炎(EGPA)」です。GPAでは鼻や肺に肉芽腫ができ、咳や鼻血、血尿が出ます。MPAは腎臓と肺に特に影響を与え、腎不全や肺出血を起こすことがあります。EGPAは喘息や鼻のポリープが長く続いた後に、血管炎が現れることが多いです。
どうやって診断するの?
血管炎は、風邪や関節炎、喘息など、他の病気と似た症状を起こすため、診断が遅れることがよくあります。平均して、患者さんは症状が始まってから6~12か月もかけてようやく正しい診断を受けるといわれています。
診断には、次の4つの情報が必要です:
- 症状と身体所見:皮膚に紫や赤い斑点、しこり、ただれが出る、関節が痛い、足や手がしびれる、咳や息切れ、血尿が出るなどの兆候。
- 血液検査:炎症反応が強いことを示す「ESR(赤血球沈降速度)」が50mm/h以上、「CRP」が5mg/dL以上になることが多いです。ANCA抗体の検査も重要です。c-ANCA(蛋白分解酵素3をターゲット)はGPAで80~90%の特異性を持ち、p-ANCA(マイロペルオキシダーゼをターゲット)はMPAやEGPAに関連します。
- 画像検査:CTやMRIで血管の狭窄や瘤(りゅう)、炎症の範囲を確認します。大血管炎では大動脈の壁の厚みが増しているのが見えます。
- 生検(組織検査):これが診断の「ゴールドスタンダード」です。皮膚、腎臓、肺、神経などの組織を採取して顕微鏡で見ると、血管の壁に白血球が集まり、壊死や内膜の肥厚が確認できます。皮膚の小血管炎では、血管周囲に白血球の核の破片(核壊碎性血管炎)が特徴的に見られます。
特に注意すべきは、腎臓が影響を受けていても、初期にはほとんど症状がないことです。尿検査でたんぱく尿や赤血球尿が見つかると、腎臓の血管炎の可能性が高まります。腎臓の機能を調べる「血清クレアチニン」や「eGFR」も必ずチェックします。
治療は炎症を抑えるのが基本
血管炎の治療は、免疫システムの過剰な反応を抑えることが中心です。重症度と血管の種類に応じて、治療法が異なります。
急性期の治療(寛解誘導):
- 副腎皮質ホルモン:プレドニゾロン(ステロイド)が基本です。重症の場合は1kgあたり0.5~1mgを1日投与します。症状が改善したら、徐々に減らしていきます。
- 免疫抑制剤:ステロイドと併用して、免疫を強く抑えます。ANCA関連血管炎では、シクロフォスファミドやリツキシマブがよく使われます。リツキシマブは、B細胞を減らして抗体の産生を抑える効果があります。
- 新しい薬:アバコパン:2021年にFDAで承認された新しい薬で、2022年の米国リウマチ学会のガイドラインにも加わりました。この薬は、補体C5aという炎症物質の受容体をブロックして、ステロイドの用量を減らすのに効果的です。臨床試験では、1年間でステロイドの総量を約2,000mg減らすことができました。
維持療法(寛解維持):
- 寛解した後も、18~24か月は再発を防ぐために薬を続けます。メトトレキサート、アザチオプリン、またはリツキシマブが使われます。
巨細胞動脈炎には、IL-6という炎症物質を抑える「トシリズマブ」が、ステロイドの減量を助ける補助薬として使われます。川崎病の治療では、免疫グロブリンの静脈注射とアスピリンが標準的です。一方、閉塞性血栓性血管炎(ビュルガー病)は、タバコをやめなければ、どんな治療も効きません。タバコをやめないと、足の壊疽や切断のリスクが高まります。
予後と再発のリスク
ANCA関連血管炎の患者の80~90%は、適切な治療で寛解に至ります。しかし、5年以内に半数近くが再発するというデータもあります。再発は、疲れや感染、ストレスがきっかけになることがあります。
予後は、どの臓器が影響を受けたかで大きく変わります。「ファイブファクタースコア」という予後予測ツールがあります。腎臓、心臓、消化管のいずれかに重大な障害があると、5年生存率が下がります。重大な臓器障害がない人は95%が5年後も生存しますが、2つ以上の臓器に障害があると、生存率は50%まで下がります。
特に注意が必要なのは、脳や心臓、腎臓の血管が詰まったり、瘤が破裂したりした場合です。これは、急に意識を失ったり、胸痛や血尿が急に増えたりする場合に起こります。このような症状は、緊急事態です。
新しい研究と未来の治療
現在、血管炎の研究は大きく進んでいます。新しいバイオマーカー(病気の指標)を探して、どの患者が再発しやすいかを予測しようとしています。たとえば、尿の中の「MCP-1」という物質や、血液中の「BAFF」というB細胞を活性化する因子が、再発の前触れを示す可能性があります。
臨床試験では、好酸球性多血管炎(EGPA)に「メポリズマブ」を用いることで、再発率が50%以上減ったという結果が出ています。巨細胞動脈炎には、関節リウマチの治療薬「アバタセプト」が有効かどうかを検証する試験も進行中です。
これらの新しい薬は、ステロイドの長期使用による副作用(骨粗しょう症、糖尿病、感染症のリスク上昇)を減らすことが目的です。患者の生活の質を向上させるために、薬の種類と量をより精密にコントロールできる時代が来ています。
患者の声:診断までの道のり
多くの患者が語るのは、「最初は風邪だと思っていた」「関節痛だからリウマチかと思った」「咳が止まらないから肺がんかと怖かった」という話です。血管炎は、症状が多様で、医師でも見落としやすい病気です。
特に子どもでは、川崎病の診断が遅れると、冠動脈の瘤が大きくなり、将来的に心臓病になるリスクが高まります。親が「熱が5日以上続く」「手足が赤く腫れる」「目が真っ赤だ」と気づくことが、命を救う鍵になります。
大人の場合も、皮膚の赤い斑点や、足のしびれ、血尿、鼻血が続くなら、内科ではなく「リウマチ科」を受診することを強くおすすめします。血管炎は「リウマチの一種」であり、専門医がいる病院でしか、正確な診断と治療はできません。
血管炎は、決して「治らない病気」ではありません。早期に見つけて、正しい薬を使えば、多くの人が普通の生活を取り戻せます。重要なのは、症状を軽く見ないで、医療機関に相談することです。腎臓や肺に影響が出る前に、行動することが、未来の健康を守ります。
コメント
kazunori nakajima
ANCA抗体って、めっちゃ重要なんだね…。ついでにc-ANCAとp-ANCAの違い、わかりやすく書いてあって助かる!😄
12月 6, 2025 AT 06:16
JUNKO SURUGA
この記事、本当に丁寧。特に生検の部分、医療関係者じゃないけど、すごく勉強になった。
12月 6, 2025 AT 22:29
yuki y
血管炎って治るんだ…!ほんと安心した
12月 7, 2025 AT 12:12