安定性試験の要件:温度と時間条件

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薬剤が安全で効果的であるためには、時間が経っても品質が変わらないことが絶対条件です。これが安定性試験の目的です。特に温度と時間の条件は、薬品がどれだけ長く使えるかを決める鍵となります。この試験は、製薬会社が新薬を開発する際に必ず行わなければならないプロセスで、世界中の規制当局が共通の基準で管理しています。

国際基準:ICH Q1A(R2)とは

安定性試験の基準は、1990年に設立された国際調和会議(ICH)が定めたガイドラインで統一されています。特に重要なのは、2003年に最終改正されたICH Q1A(R2)です。このガイドラインは、アメリカのFDA、ヨーロッパのEMA、日本のPMDAを含む主要な規制機関でそのまま適用されています。つまり、日本で開発された薬品でも、アメリカやEUで販売するためには、この基準に従わなければなりません。

ICH Q1A(R2)では、薬品の安定性を評価するために、3つの主要な試験条件が定められています。それぞれの目的と条件は明確に分かれています。

長期安定性試験:実際の使用環境を再現

長期安定性試験は、薬品が実際に店頭に並び、消費者の手に渡るまでの環境を模倣します。この試験では、2つの温度・湿度条件が選択可能です:

  • 25°C ± 2°C と 60% RH ± 5% RH
  • 30°C ± 2°C と 65% RH ± 5% RH

どちらを選ぶかは、その薬品が販売される地域の気候に応じて決まります。例えば、日本のような温帯地域では25°C/60%RHが一般的ですが、東南アジアのような高温多湿地域では30°C/65%RHが適用されます。この試験は、製品の有効期限(賞味期限)を決定するために不可欠です。規制当局への申請時には、最低12ヶ月分のデータが必要です。つまり、薬品を市場に出す前に、少なくとも1年間は試験を続けなければなりません。

加速試験:未来を予測するための過酷な条件

加速試験は、薬品がどれだけ早く劣化するかを知るために、極端な環境で行います。この試験では、40°C ± 2°C と 75% RH ± 5% RHの条件で6ヶ月間行います。この条件は、輸送中に発生する可能性のある高温・高湿の状況を想定して設定されています。

この試験の目的は、長期試験で起こる劣化の傾向を数ヶ月で予測することです。例えば、40°C/75%RHで6ヶ月の試験結果は、25°C/60%RHでの約2年分の劣化とほぼ同等とされています。ただし、これはあくまで「予測」であり、必ずしも実際の劣化と一致するわけではありません。特に、水分を吸収しやすい薬品(吸湿性薬品)では、この予測が大きく外れることがあります。

25°Cと30°Cの気候条件が対比される薬品試験の幻想的シーン、時間と品質の戦いを表現。

中間試験:加速試験の異常時にだけ行う

中間試験は、加速試験で「重大な変化」が見られた場合にのみ行う追加試験です。条件は、30°C ± 2°C と 65% RH ± 5% RHで6ヶ月間です。この試験は、長期試験が25°Cで行われている場合に特に重要です。なぜなら、加速試験(40°C)で異常が見られたのに、長期試験(25°C)では異常が見られないという矛盾を解消するためです。

例えば、ある薬品が加速試験で分解が進んだと判明した場合、中間試験で30°Cでの安定性を確認することで、その薬品が実際に販売される環境(25°C)でも安全かどうかをより正確に評価できます。

冷却保存薬品の特別な条件

冷蔵保存が必要な薬品(例:インスリン、ワクチン、一部の生体薬品)は、別の試験条件が適用されます。

  • 長期試験:5°C ± 3°C、12ヶ月以上
  • 加速試験:25°C ± 2°C と 60% RH ± 5% RH、6ヶ月

通常の薬品のように40°Cで試験すると、冷蔵薬品は凍結・融解を繰り返し、本来の構造が壊れてしまうため、25°Cで加速試験を行います。WHOのガイドライン(2018年)でもこの条件が明確に定められています。

試験の頻度と測定精度

安定性試験では、一定の間隔で薬品の性質を測定します。典型的な測定タイミングは:

  1. 0ヶ月(初期値)
  2. 3ヶ月
  3. 6ヶ月
  4. 9ヶ月
  5. 12ヶ月
  6. 18ヶ月
  7. 24ヶ月
  8. 36ヶ月

初期段階では、劣化が速い可能性があるため、3ヶ月ごとのように頻繁に測定します。一方、1年を過ぎると、測定間隔を広げることもあります。

また、試験環境の精度も厳しく管理されます。温度は±0.5°C以内、湿度は±2%RH以内に保たなければなりません。これは、ISO 14644-1の環境試験基準に基づいています。実際の試験室では、温湿度計の位置によって数値にばらつきが出ることもあるため、各棚の温度分布を事前にマッピングする作業が必須です。

冷蔵保存薬品と加速試験条件の対立を、装甲戦士の戦いとして描いたアニメ風の構図。

実務上の課題と失敗事例

安定性試験は単純な作業のように見えますが、実際には多くの課題があります。

一つは、「重大な変化」の定義です。ICHガイドラインでは、この基準が数値的に明確に定められていません。例えば、薬品の有効成分が95~105%の範囲内であることが求められている場合、92%に下がった場合に「重大な変化」と判断するか? それは、規制当局と製薬会社の間で議論になることがあります。ある製薬会社の品質管理担当者は、92%の結果で製品の承認が拒否されたと語っていますが、統計的には問題ないレベルだったと主張しています。

また、試験室の温湿度装置の故障もよくあります。2023年の業界調査では、142社中78%が、12ヶ月の試験中に温度が±2°C以上ずれた経験があると回答しています。このような「温度異常」が発生すると、その試験データは無効になり、再試験が必要になります。これにより、製品の市場投入が数ヶ月遅れるケースも珍しくありません。

実際に、2021年にテバ社が製造したジェネリック薬「Copaxone®」は、加速試験で凝集反応を検出できず、その後の販売中に製品が劣化したため、15万本が自主回収されました。これは、試験条件が不十分だったことが原因とされています。

未来の方向性:モデル化とリアルタイム評価

現在、安定性試験は「物理的な試験」に依存していますが、未来は変わりつつあります。FDAは2023年から、リアルタイムで製造過程を監視する「プロセス分析技術(PAT)」を活用した試験のパイロットプログラムを開始しています。これにより、従来の36ヶ月の試験を、18ヶ月程度に短縮できる可能性があります。

さらに、ICHは2024年後半に、新しいガイドライン「Q1F」を公開予定です。この改訂では、抗体薬複合体(ADC)や細胞療法など、従来の化学薬品とは異なる複雑な製品の安定性評価方法が明確にされます。

将来的には、AIや統計モデルを使って、実際の試験を減らす「予測的安定性評価」が主流になるかもしれません。すでに大手製薬会社の74%が、50~80°Cという極端な条件で劣化を予測する研究を進めています。しかし、EMAは2022~2023年で8件のモデルベースの申請を拒否しており、規制当局の懐疑的な姿勢はまだ変わっていません。

まとめ:安定性試験は「安全の盾」

安定性試験は、単なる「規制の義務」ではありません。患者が安全に薬を飲み続けられるようにするための最後の砦です。温度と時間の条件は、その根幹を成すものです。25°Cか30°Cか、6ヶ月か12ヶ月か--その選択は、単なる試験設計ではなく、何千人もの患者の健康を左右する決断なのです。

今後、製薬業界は、より速く、より正確に、そしてより柔軟に安定性を評価する方法を模索し続けます。しかし、その基礎は、ICH Q1A(R2)が定めた温度と時間の条件に、依然として根ざしています。