高齢者の肝臓と腎臓の変化が薬の代謝に与える影響
- 三浦 梨沙
- 18 1月 2026
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高齢者が薬を飲むと、若い人とは違う反応を示すことがあります。それは、肝臓や腎臓の働きが年齢とともに変わっているからです。この変化を理解しないで、若い人の用量と同じように薬を処方すると、副作用が起きやすくなります。実際、高齢者の入院の約10%は、薬の副作用が原因だとされています。
肝臓の変化:薬を分解する力が弱まる
肝臓は、体内に入った薬を分解して体外に排出する重要な器官です。しかし、65歳を超えると、肝臓の血流量は約40%減少します。肝臓そのものの重さも30%ほど減ります。これは、薬が体に吸収されたあと、肝臓でどれだけ速く分解されるかに直接影響します。
特に影響が大きいのは、血流に制限される薬です。プロプラノロールやモルヒネ、リドカインなどがこれに当たります。これらの薬は、肝臓の血流が減ると、分解される量がそのまま減ってしまうため、体内に長く残ります。結果として、効きすぎたり、めまいや低血圧などの副作用が出やすくなります。
一方、能力に制限される薬(例:ジアゼパム、テオフィリン)は、肝臓の酵素の働きがそれほど低下しないため、分解能力はほぼ維持されます。つまり、年齢だけでは用量を減らす必要がない場合もあります。
さらに、薬の中には肝臓で活性化されて初めて効くものがあります。例えば、ペルインドプリルという高血圧の薬は、肝臓で変化してから効果を発揮します。年齢とともにこの変化が遅くなると、薬が効きにくくなる可能性があります。
腎臓の変化:薬を排出する力が落ちる
腎臓は、薬やその代謝物を尿として体外に排出する役割を持っています。30歳から80歳にかけて、腎臓のろ過能力(糸球体濾過量:GFR)は30~50%も低下します。これは、血中のクレアチニン値が正常でも、腎機能が落ちていることを意味します。なぜなら、年齢とともに筋肉量が減り、クレアチニンの生成量も減るからです。
腎臓で排出される薬(例:メトフォルミン、アミノグリコシド、ワルファリンの一部)は、このGFRの低下に比例して体内にたまりやすくなります。そのため、用量を減らさないと、腎毒性や低血糖、出血などの重い副作用が起きるリスクが高まります。
近年の研究では、腎臓の機能が落ちると、肝臓の酵素(CYP450)の働きも影響を受ける可能性があることがわかりました。つまり、腎臓が弱い人は、肝臓でも薬の分解が遅くなることがあるのです。これは、単に腎臓だけを見ればいいという考え方を覆す重要な発見です。
薬の種類によって、対応は違う
すべての薬が同じように年齢の影響を受けるわけではありません。薬の性質によって、対応の仕方が変わります。
- 血流依存型薬:プロプラノロール、モルヒネ、リドカイン → 肝臓の血流が減ると、効きすぎるので用量を20~40%減らす必要がある
- 酵素依存型薬:ジアゼパム、フェニトイン、テオフィリン → 酵素の働きはそれほど変わらないため、通常用量でOK(ただし、他の薬との相互作用には注意)
- 腎排泄型薬:メトフォルミン、インスリン、セファロスポリン → GFRが低いなら、用量を減らすか、投与間隔を伸ばす
- 前駆薬:ペルインドプリル、エンラプリル → 活性化が遅れるため、効きが悪くなる可能性あり
特に注意が必要なのは、治療指数が狭い薬です。これは、効果と毒性の幅がとても狭い薬です。ワルファリン、ジゴキシン、フェニトインなどが該当します。わずか0.5mgの違いで、効きすぎたり、効かなくなったりします。このような薬は、定期的に血液中の濃度を測定して、用量を微調整する必要があります。
現実のケース:副作用が起きたとき
実際の臨床現場では、こうした変化がどのように影響するかがよくわかります。
ある82歳の女性が、うつ症状でアミトリプチリンを処方されました。標準用量で飲んだところ、翌日からめまいとふらつきがひどくなり、転倒して骨折しました。検査したところ、彼女の肝臓の代謝能力は若年層の半分以下でした。用量を3分の1に減らしたところ、症状はすぐに改善しました。
逆に、78歳の男性が腎機能が低下しているにもかかわらず、通常のワルファリン用量を続けていたところ、鼻血が止まらなくなり、緊急入院しました。腎機能を考慮して用量を調整したところ、再発はなくなりました。
こうしたケースは、年齢だけで薬の用量を決めるのではなく、肝臓と腎臓の機能を見て判断しなければならないことを示しています。
処方のルール:ガイドラインとチェックリスト
医療現場では、高齢者の薬の処方を安全にするためのガイドラインが存在します。
- Beers基準(2019年改訂):65歳以上では、肝臓で代謝される薬の初期用量を20~40%減らすことを推奨。75歳以上ではさらに減らす
- Cockcroft-Gault式:腎機能を推定する標準的な計算式。クレアチニン値、年齢、体重、性別からクレアチニンクリアランスを算出
- CKD-EPI式(2021年推奨):人種を考慮しない新しい腎機能評価法。より正確にGFRを推定できる
- START/STOPP基準:「必要な薬をきちんと出す(START)」「不要な薬をやめる(STOPP)」という原則。導入すると、副作用による入院が22%減ったというデータがある
また、処方する前に、処方薬以外の薬も確認することが重要です。アセトアミノフェン(パラセタモール)は、高齢者の急性肝不全の原因の半分を占めています。市販の風邪薬や頭痛薬に含まれていることが多いので、患者に「何を飲んでいるか」を必ず聞く必要があります。
未来の方向:個別化された薬の使い方
これからは、年齢だけで薬の用量を決める時代は終わります。新しい技術が登場しています。
2023年にFDAが認可した「GeroDose v2.1」というソフトウェアは、患者の年齢、体重、肝酵素、腎機能を入力すると、薬の体内濃度の変化をシミュレーションしてくれます。これにより、どの用量が安全かを予測できるようになります。
さらに、遺伝子やエピジェネティクス(遺伝子の働き方を変える要因)の研究も進んでいます。2023年の研究では、年齢とともにCYP3A4という酵素の働きを変える17のメチル化部位が特定されました。つまり、同じ年齢でも、人によって薬の代謝能力は大きく違うのです。
米国老年医学会は、2030年までに、こうした個別化されたアプローチを広めることで、高齢者の薬による副作用を35~50%減らせるとしています。
なぜ今、この問題が重要なのか
2026年現在、日本の高齢者(65歳以上)は人口の29%を超え、世界でも最も高齢化が進んだ国です。アメリカでも、2050年には22%が65歳以上になると予測されています。
しかし、新薬の臨床試験の参加者のうち、65歳以上の人はわずか38%しかいません。つまり、薬の効果や副作用のデータの多くは、若い人で得られたものなのです。高齢者にどう使うかは、推測で決めているのが現状です。
このままでは、薬の副作用による入院が増える一方です。アメリカでは、高齢者の不適切な薬使用が原因で、毎年300億ドル(約4,500億円)もの医療費が無駄になっています。
だからこそ、医療従事者、患者、家族が「年齢=薬の用量」ではないことを理解することが、今、最も重要なことです。
高齢者の薬の用量は、若い人と同じで大丈夫ですか?
いいえ、大丈夫ではありません。肝臓や腎臓の機能は年齢とともに低下し、薬の分解や排出が遅くなるため、同じ用量では薬が体内にたまりすぎます。特に、肝臓で代謝される薬や腎臓から排出される薬は、用量を減らす必要があります。年齢ではなく、機能に応じて調整することが安全な治療の鍵です。
腎機能が低下しているのに、クレアチニン値が正常なのはなぜですか?
クレアチニンは筋肉から作られる物質です。年齢とともに筋肉量が減ると、クレアチニンの生成量も減ります。そのため、腎機能が落ちても、血液中のクレアチニン値は正常範囲にとどまることがあります。これは、腎機能が悪化しているのに見逃されやすい原因です。クレアチニン値だけで判断せず、Cockcroft-Gault式やCKD-EPI式で腎機能を計算することが重要です。
市販の風邪薬や頭痛薬も危険ですか?
はい、非常に危険です。特にアセトアミノフェン(パラセタモール)は、高齢者の急性肝不全の原因の半分を占めています。肝臓の代謝能力が低下していると、通常の用量でも肝臓に負担がかかります。市販薬に含まれていることを忘れがちなので、処方薬と併用しているかどうかを必ず確認してください。
薬の副作用が起きたとき、どうすればいいですか?
すぐに医師や薬剤師に相談してください。副作用の原因が薬かどうかを判断するために、服用しているすべての薬(処方薬・市販薬・サプリメント)のリストを用意しましょう。肝臓や腎臓の機能を再評価し、必要に応じて用量を見直すことが大切です。自己判断で薬をやめたり、増やしたりしないでください。
将来、薬の用量はもっと個別化されるのですか?
はい、すでにその方向に進んでいます。年齢ではなく、肝酵素の活性、腎機能、遺伝子の働き、体重、他の薬との相互作用など、複数のデータを組み合わせて、一人ひとりに最適な用量を計算するシステム(例:GeroDose)が開発されています。これにより、副作用のリスクを大きく減らせる見込みです。
次にできること:安全な薬の使い方のステップ
- 自分が飲んでいる薬をすべて書き出す(処方薬、市販薬、サプリメントを含む)
- 肝臓や腎臓の機能を定期的にチェックする(クレアチニン値だけでなく、推定GFRを確認)
- 医師に「この薬は年齢に合わせて減らす必要がありますか?」と聞く
- アセトアミノフェンを含む市販薬の使用を控えるか、用量を確認する
- 薬の副作用(めまい、ふらつき、食欲不振、尿の量の変化)に気づいたら、すぐに医療機関に相談する
高齢者の薬の使い方は、単なる「量の調整」ではありません。体の変化に合わせて、薬の選び方、使い方、監視の仕方を変える必要があります。それが、安全で質の高い生活を守る第一歩です。